「〝すてき〟と想像してしまったら、そこに追いつくしかない」 柴咲コウ「蛇の道」
まばたきをせず無表情で、まっすぐ相手を見つめ呪文のようにフランス語の言葉を注ぎ込む。黒沢清監督の「蛇の道」で柴咲コウが演じた小夜子は、パリに住む日本人医師にして冷酷な復讐(ふくしゅう)者だ。全編ほぼフランス語で、「イヤな感じだけど、つい見ちゃう」黒沢監督の世界に、ピタリとはまった。 【写真】芸能界は一期一会の生活でずっと新鮮、25年はあっという間だった 「蛇の道」の柴咲コウ
イヤな感じ、でも見ちゃう ジャンル分け困難
高橋洋脚本、哀川翔主演で1998年に公開された同名作品を、黒沢監督自ら再映画化した。オリジナル脚本を基に、舞台をフランスに移し、主人公も男性塾講師から女性心療内科医に変更。柴咲の主演は黒沢監督の指名だったという。脚本を読んで「面白かった」。「〝リベンジサスペンス〟みたいなプロモーションだけど、むしろジャンル分けしがたくて、えたいの知れない、イヤな感じだけどつい見てしまう、そういう空気感の作品になるのかなと」。カルト的怪作の98年版も「依頼を受けて、わりとすぐに見た」。あくまでも別の作品という意識だったそう。「性別も関係性も違うし相手役はフランス人。何十年も前の作品を監督があえて描き直そうとしている。新しいものとして捉えました」 小夜子は表向き、ごく普通、穏やかな心療内科医だ。しかし裏では、娘を殺されたバシュレ(ダミアン・ボナール)の復讐を手助けしていて、標的の男を拉致、監禁し拷問する。自転車で職場と自宅を往復し、立ち寄った監禁場所で標的を追い詰める。日常と暴力的な非日常の境目のない接続が、黒沢作品らしい。 「小夜子は、もう少し特徴のある人を想像していました。まっ黒な髪のボブカットで、白衣を着てさっそうとしている、といった。でも実際には、その辺にいる感じ、溶け込むことを求められていた。衣装やメーク、髪形にも表れていると思います。それで、自転車をこぐときも何考えてるかよくわかんないけど、さっそうと通勤する小夜子が出来上がりました」
小夜子は善とも悪とも言い切れない
標的に向き合うときは無表情でまばたきもしない。バシュレにも隠した思惑を持ち、時折、すごみのある表情をのぞかせる。そこにあるのは、怒りか憎しみか。「それを超越する何かみたいなものも。人は他人には話さなくても、時にはものすごくひどいことを想像するじゃないですか。リアルに行動を起こすかどうかの違いだけだと思うんです」 「女性の登場人物は少ないし、日本人だし、フランス人男性に囲まれて慣れないフランス語を話している。それでも周囲を指揮しているという雰囲気が出ればいいなと思いながら、でもそれが意識的になるとつまんなくなっちゃう。ちょうどいいとこを探っていた感じです」。かくして「蛇のような目つき」の女が出来上がる。「ミステリアスで魅力的、善とも悪とも言い切れないキャラクターで、そういうものがあると教えられる物語かな」