《ブラジル》記者コラム=平和教育の根底にある家族の秘話=戦争ゆえに自分は生まれたとの自覚
戦争があったから自分が生まれたという自覚
以来、真由実さんはその言葉がとても気になっていたという。後に日本の父の生家を尋ねて墓参りをした際、親族から、こんな話を聞いたという。 「昔、あなたのお父さんには悪いことを言ってしまった。『なんで家族のいないあんただけが戦争で生き残って、私のお父さんが戦死したんだ』って毎日のようにあたってしまった」との懺悔の言葉を聞いた。 真由実さんは、自分だけ戦争で生き残ったことにお父さんは強い罪悪感を覚え、その結果、一人で地球の反対側のブラジルに移住したことを悟った。真由実さんは「でも、そのおかげで私は生まれました。いわば、戦争のおかげで私はブラジルで生まれ、それゆえに大志万学院を通して母の平和教育を受け継いでいます」とうなずいた。 真倫子さんが戦争や平和について語る言葉には、とても強い思いがこもっていたのを覚えている。それは、自分の辛い経験を、子供達に平和の大切さを伝える教育をすることを生涯の使命にしてきたからだ。 そんな真倫子さんが引退して以来、真由実さんが講演するのを聞いていると、まるで「真倫子さんが乗り移った」かのように感じるようになった。それは、自分が地球の反対側で起きた戦争の結果、ブラジルで生まれたことを強く自覚しているからなのだと今回よく分かった。
若者ら約100人が参加
この「慰霊祭2024」には大志万学院、日本カントリークラブの未来アカデミー、文協青年部、日系医師協会などの協力により、若者を中心に約100人が来場して平和への祈りを捧げた。まず西国理事長が「祖国を護る為に生命を捧げられた靖國神社に祀られている英霊、日本国よりブラジル発展のために戦い、亡くなられた開拓移住者の英霊の皆さんにお祈りを捧げます」と挨拶した。 靖国神社の大塚海夫宮司からのメッセージでは、7月に行われた第77回みたままつりが盛大に挙行されて多くの若者が参拝したことが報告され、「貴会の慰霊祭にも多くの若い世代の方々が携わっていると伺っており、先人に対する感謝の心が着実に継承されていらっしゃる事に、敬意を表する次第でございます」などと西国理事長が代読した。 大塚氏は元々、海上自衛隊で情報本部長などの役職を歴任し、2019年12月に退官。今年4月付で靖国神社宮司に就任。妻で外交官の中谷好江氏は駐パラグアイ特命全権大使に任命されており、南米とは縁がある。 靖国に祀られている英霊や移民の先駆者らの魂に1分間の黙祷が捧げられ、西国理事長が全員を代表して祭壇に榊をお備えした。続いて、斉藤永実大志万副校長が、靖国神社の言葉の意味や歴史、神道、慰霊祭などの言葉を説明し、「特攻隊の遺書には23回も『お母さん』という言葉を書いたものがあります。戦争の悲劇を二度と繰り返さないように願います」と締めくくった。
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