ハリルが貫いたカメレオンサッカーの勝利
ハイプレスの中心を担うインサイドハーフとして、井手口と山口蛍(セレッソ大阪)を指名した。運動量とボール奪取術に長ける2人は、まるで猟犬のように90分間を通してピッチで暴れまわった。 大一番を前に、ディフェンスリーダーの吉田麻也(サウサンプトン)は「長身ゆえにアジリティーに問題のある選手が最終ラインに多い」と指摘していた。これもスカウティングの産物となる。 だからこそ、2列目の左に切れ味鋭いドリブルを武器とする乾貴士(エイバル)、右には縦への突破力ではナンバーワンの浅野を抜擢。ボールを奪うや、両サイドからの攻撃で揺さぶりをかけ続けた。 最終予選を通じて、左サイドでは原口元気(ヘルタ・ベルリン)が絶対的な存在感を放ってきた。しかし、このオフにプレミアリーグ移籍を希望したことでフロントと確執が生じ、一時は構想から外れかけた。 8月下旬に開幕したブンデスリーガでも、2試合続けて後半途中からの出場に甘んじていた。帰国して日本代表合宿に参加したその日に、ハリルホジッチ監督から先発落ちを告げられている。 「チームで試合に出ていないし、いろいろと頭も疲れているんじゃないかと言われました。僕としては、監督の判断はリスペクトしますと伝えましたけど」 身心ともにベストのコンディションの選手を使う――この指針に照らし合わせれば、右ふくらはぎの肉離れから復帰した本田圭佑(パチューカ)、左肩脱臼から復帰した香川真司(ドルトムント)を最後までベンチに座らせた采配もうなずける。 ハリルホジッチ監督の戦い方に、ベースや型という概念は存在しない。オーストラリアがまだ4バックだった昨年10月のアウェイ戦では、ロングボール攻撃にさらされることを踏まえて徹底して守備を整備。本田を1トップにすえ、そのキープ力を生かして速攻を仕掛けた。 先制しながらPKで追いつかれ、1‐1の引き分けに終わったことで、一部メディアや評論家からは守備的だと批判された。こうした声に、ハリルホジッチ監督はいまでも怪訝そうな表情を浮かべる。 攻撃的でも守備的でもない。相手の特徴によって選手やシステムを変えて、長所を消し去る戦い方は、アルジェリア代表を初のベスト16へ導いたワールドカップ・ブラジル大会で証明されている。 「戦術的な部分でもとにかく相手の弱点を突くというか、まずは徹底的にスカウティングをする。ワールドカップ切符をつかんだという結果だけを見れば、本当にいい戦いだったというか……」 長谷部も思わず苦笑いを浮かべる。そのブラジル大会で、「自分たちのサッカー」を掲げたザックジャパンはポゼッションを封じられると、なす術なくグループリーグで姿を消した。リアリティーに徹したハリルジャパンの戦い方はその対極にあり、相手が格上になるほど効果を発揮する。 「実はプライベートで大きな問題があった。そのことで、私はこの試合の前に帰国しようと思った。今日は選手たちのことを書いてほしい。たくさんの拍手で迎えられたことを、私は忘れない」 勝利を総括した後に突然こう切り出し、質疑応答なしで退席したハリルホジッチ監督は、辞任をほのめかす言葉も残している。詳しい事情は日本サッカー協会もわからないとしているが、相手によってカメレオンのように変化するサッカーを、ロシアの地でも見たいと願うファンやサポーターは少なくない。 (文責・藤江直人/スポーツライター)