国立科学博物館が困った「後継者がいない」 化石のレプリカ作り続けて50年、研究者らが惚れ込むレジェンド職人ついに引退
「木の彫刻を作りたい。抽象的な空間とか流れを表現するような作品が良い。材料は持っているし、筆もある。太平洋美術会に所属しているので、展示会では作品を出したい。まあ一つの楽しみですね」 しかし、現在は体調を崩しており、製作活動はストップしているという。少しでも回復して、またノミや筆を手に彫刻を作れる日が来ることを近しい人たちは願っている。 円尾さんの足跡と功績はここまで。最後に一つ、今回の引退を受けて研究者が懸念する問題がある。「今後のレプリカ製作をどうするか」だ。 ▽引退で浮かび上がった大きな課題 実は、円尾さんには正式な弟子や後継者はいない。円尾さんは国立科学博物館の正式な職員ではなく、研究者が関わるプロジェクトの予算から依頼に応じて報酬を受け取るという微妙な立ち位置で働いていた。研究予算は限られており、円尾さんは引退前に「レプリカ製作だけで生活費を賄うのは難しい。新しく若い人を育てるということができていない」と語っていた。本業が彫刻家である円尾さんが副業的に請け負っていたからこそ成立していた側面があった。
円尾さんの引退によって、国立科学博物館における古生物の標本レプリカづくりに大きな穴が空いたことになる。 今後考えられる方法は主に三つ。①博物館で一から人材を育てる、②外部の専門業者に製作を依頼する、③研究者自身が作る。ただ、それぞれ課題がある。 米国など海外では発掘した化石をクリーニングしたり展示用のレプリカを作ったりする「プレパレーター」が職業として確立しているが、日本ではまだ十分に認知されていない。博物館で専門の職員を正規で雇って育てるとなると時間も費用もかかる。予算の大半を占める国からの運営費交付金が減り続けている現状では実現は難しそうだ。 外部の業者に頼む場合は、円尾さんへの報酬より金額は高くなり、予算内でのやりくりが課題となる。研究者自身が作るとしても、職人と同じレベルに仕上げるのは難しい。 国立科学博物館の木村さんは現状を「ターニングポイント」と表現した。「自然科学における資料や標本の保存、伝承をどうしていくのか、個人の技術を超えて、広い視野で考えないといけない局面に来ている」