お金ではなく「サービスを配る」がなぜいいのか お金持ちにもサービス給付で格差がうまる理由
まさにそのとおりです。EUに加わっているヨーロッパの国々を見てください。日本の消費税にあたる付加価値税の最低税率は15%です。 ですが、イギリスと旧東欧諸国を除くと、日本よりも税率の高いこれらの国々のほうが、所得格差は小さいです。 なぜそうなるのでしょうか。日本では、消費税は貧しい人の痛みが大きな税だと言われるだけに、意外に聞こえるかもしれません。 実は、お金持ちはほんのひとにぎりしかいません。どんなに多額の税をかけても、入ってくる税収はたかがしれています。
ですから、貧しい人も含めてみんなが払う付加価値税を使い、豊かな税収をいかして幅広い層の暮らしを支えつつ、同時に貧しい人たちの暮らしも守っていく、そういう現実路線がEU加盟国ではとられたのです。 フランス主税局の官僚だったフィリップ・ルビロアさんは、1972年、いまから50年以上前の来日講演で次のように話しています。 「逆進的な税しか採用していない国でもその収入で社会保障を積極的に行っているのであれば、その国全体としては逆進的ではない」
このヨーロッパの常識がなかなか日本には通じないのがしんどいところです。 もちろん、お金持ちにより多くの負担を求めることには、僕も大賛成です。ただし、ひとつだけ、重要な事実を確認しておきたいと思います。 政治学者ケネス・シーヴとデイヴィッド・スタサヴェージは、『金持ち課税』という本のなかでこう指摘しています。 戦後しばらくのあいだ、お金持ちへの重税と貧しい人たちへの保障の組みあわせに説得力があったのは、戦争中に犠牲を払った者は補償されるべきであり、戦争から利益を得たものは課税されるべきだという考え方があったからだ、と。
「金持ちに重たい税を」という常識は、時間の流れとともに先進国のなかで風化していきました。日本でも貧しさの記憶が人びとから消えつつあります。 だからこそ、1980年代以降、先進国では富裕層や大企業への重税が少しずつ緩和され、日本もその例外ではいられなかったのです。 ■痛みの分かちあいを 僕にとって大事なのは、つらい思いをしている人たちのいま、です。 金持ち憎しだけでは税は取れませんし、税が取れなければ、生活に苦しんでいる人たちの暮らしは改善できません。
だからこそ、金持ちを批判する日本の左派は「借金をしてバラまけ」と言うわけですが、そうした政策は多くの問題を含んでいます。 税制改革の基本的な方向性は、消費税を軸として十分な税収を確保しながら、低所得層もふくめて負担者になるわけですから、きちんと応分の負担をするよう、お金持ちや大企業を説得する、そんな《痛みの分かちあい》なのではないでしょうか。
井手 英策 :慶應義塾大学経済学部教授