南極観測隊も着用した、“日本製ダウンジャケットの元祖”といわれる名品とは? 占領下にあった時代に誕生
「大人の名品図鑑」ダウン編 #4 軽くて暖かく、アウトドアスポーツだけでなくデイリーユースにも使えるダウンジャケットは、いわば冬の最強アウター。機能性はもちろんのこと、最近ではファッション性を備えたダウンジャケットも数多く登場している。今回の「大人の名品図鑑」は、そんなダウンジャケットの名品を集めてみた。 【画像】“日本製ダウンジャケットの元祖”の全体像 ほか記事の画像を全て見る
以前は本格的なダウンジャケットといえば、アメリカやヨーロッパから輸入されたものが主流を占めていた。しかし最近は日本でも高品質なダウンジャケットがたくさんリリースされており、人気も高い。中には国際的なスポーツ用品展示会で賞を獲得したブランドもある。 そんな日本生まれのダウンジャケットの中で、古い歴史のある専業ブランドを紹介しよう。ザンターだ。ザンターが生まれたのは1951年。第二次世界大戦が終わって間もない頃で、日本はまだ占領下にあった時代に、ザンターは現在の東洋羽毛工業株式会社のウェア部門として誕生した。 「ザンター」というブランド名は、山を登る人(登山人)をイメージして付けられたと聞く。ザンターが最初に取り掛かったのは、日本山岳会マナスル登頂隊と本格登山向けの羽毛服と羽毛シュラフ(寝袋)を開発することだった。53年には第1次マナスル遠征隊に羽毛服と羽毛シュラフを提供、56年の第3次遠征隊で日本は世界に先駆けてマナスルの登頂に成功するのが、この時にも同様の装備を提供している。同じ年には、第1次南極観測隊に羽毛服を提供し始め、現在でもそれは続いていると聞く。 当時は「ダウンジャケット」という言葉はなく、羽毛で生産された服やシュラフは「羽毛装備」と呼ばれていたという。マナスル遠征隊に提供した「羽毛装備」は、雨に弱い羽毛を守るために傘で使われている素材を採用、生地と生地の間に直接羽毛を充填するような方法で製作されていたとも聞く。その後もザンターのダウンジャケットはヒマラヤ、エベレスト、マッターホルンなどの数々の日本遠征チームへ公式にダウンウェアを提供、日本の登山家たちから圧倒的な支持を得てきた。 ザンターのダウンジャケットのいちばんの特徴は、使われている「羽毛=ダウン」にあると言えるだろう。ザンターが使うダウンは、広大な環境の中で自由に動き回らせて大きく育てられた、生後90日以上のアヒル(ダック)から採取されたものだ。このアヒルから採取されたダウンボールは大きく暖かい空気を多く含み、型崩れもしにくい。その羽毛を日本国内の最新の機械と技術を使って洗浄し、塵や汚れを除去するという精製作業を行い、良質なダウン製品に仕上げている。