あなたの企業でも「衛星データ」の活用を 参入障壁下がる宇宙ビジネスの現在
ウイングアーク1stのビジネスカンファレンスのとあるセッションでフォーカスされたのは、民間企業の参入障壁が下がっている「宇宙ビジネス」だ。中でも「衛星データ」の活用は、既存ビジネスと組み合わせることで、社会課題の解決につながる可能性を秘めている。 【もっと写真を見る】
ウイングアーク1stが10月から11月に名古屋・東京・大阪で開催した「UpdataNOW24」では、「未来試行」をテーマに様々な領域でのビジネス変革について語られた。 東京会場(10月30日)のとあるセッションでフォーカスされたのは「宇宙ビジネス」。近年急成長を遂げており、政府の支援などによって民間企業の参入障壁も下がっているという。中でも「衛星データ」の活用は、既存ビジネスと組み合わせることで、社会課題の解決につながる可能性を秘めている。 本記事では、JAXAによる宇宙ビジネスや支援策の現状と、産官学で宇宙ビジネスの底上げを狙う北九州市の取り組みについて紹介する。 政府が本腰入れる宇宙ビジネスの活性化、JAXAは推進の“旗振り役”に 「宇宙ビジネスやってみませんか?」というお題で登壇したのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で宇宙戦略基金事業部に所属する高橋陪夫氏だ。これまで政府全体の宇宙開発を、技術面から支えてきたJAXAだが、宇宙戦略基金の設立によって、日本全体の宇宙ビジネスを推進する“旗振り役”も担っている。 まず語られたのは、宇宙ビジネスの動向だ。モルガン・スタンレーの調査によるとグローバルの市場規模は、2040年までに、2017年の3倍となる「140兆円規模」に達すると予想されている。 一方、日本の宇宙ビジネスは、大企業が長年牽引してきた。しかし、2010年代後半からは50社を超えるベンチャー企業が生まれ、活況を呈し始めたという。この勢いを加速すべく、政府が2023年に打ち立てたのが「宇宙基本計画」であり、2030年早期に、国内の宇宙ビジネスを4兆円から「8兆円」に広げることを目指すという内容だ。 この宇宙基本計画に基づき設立されたのが宇宙戦略基金である。内閣府、総務省、文部科学省および経済産業省がJAXAに基金を造成して、民間企業や大学などに、委託や補助という形で研究資金を交付するといった制度だ。支援するのは「輸送」「衛星」「探査」の3つの領域となる。 「日本の宇宙産業を大きくして、世界に伍していけるような“宇宙力”をつけるために作られた」と高橋氏。 宇宙戦略基金では、2024年度より、3000億円の枠で第1期を開始しており、22の技術開発テーマ案で公募が進んだ(現在は締め切り済)。その中には、IT企業でもとっつきやすい「衛星データ」を扱うものもあり、これは各国・地域の社会課題に対応する“衛星データ利用システム”を開発・実証するという内容であった。 またJAXAは、基金とは別に、「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」という民間企業との共創プログラムも展開している。JAXAと民間企業がリソースを持ち寄り、事業化に向けて共同で技術開発を進めるという取り組みであり、2018年以降で300件以上の問い合わせを受け、2023年度には19件のプロジェクトが生まれている。 このプログラムの成果のひとつとして、電通と実施した「衛星データを利用した野菜の出荷予測」のプロジェクトがある。 農作物の価格安定化、生産者の収入安定化、農作物の廃棄ロス低減という複数の社会課題の解決を目指すもので、衛星データを活用した「受給予測システム」を開発。日本一のキャベツ生産量をほこる群馬県「JA嬬恋村」の協力も得て、衛星データの解析結果と、現地調査による生育状況のデータを掛け合わせて、収穫時期および供給量を予測できる手法を生み出した。この予測を、売り場での販促や広告出稿と連動させていくというプロジェクトだ。 その他にも宇宙政策のひとつに、宇宙開発利用の推進において大きな成果を収めた事例を表彰する「宇宙開発利用大賞」がある。 その中で、2024年の農林水産大臣賞を受賞したのが、空間情報事業を手掛けるパスコの「MiteMiru森林」だ。衛星画像とAI判読技術を利用して、「伐採地」や「再造林地」などを継続的にモニタリング、森林伐採を担当する自治体職員の業務負担を軽減するサービスである。既に31の自治体で採用されているとのことだ。 国土交通大臣賞を受賞したのが、AI開発やAIサービスを手掛けるRidge-i(リッジアイ)の「RIDGE DUAL AI」だ。安価な低解像度の光学衛星画像と高価な高分解能画像、2つの異なる解像度の衛星データを組み合わせてAI分析することで、適切なコストで地理変化や紛争地域を把握できる。国土地理院における地図更新業務での試行やNHKの番組作成などにおいて採用実績を持っている。 高橋氏は、「このように多くの民間企業が、衛星データでビジネスを生み出している。きらりと光る技術、こんなことができるのではという想いがあれば、ぜひJAXAまで連絡して欲しい」と締めくくった。 「リアルスペースワールド」を目指す北九州市、衛星データを活用した自動運転の実証実験も 続いては、同じく産官学で宇宙ビジネスを推進する北九州市の取り組みが披露された。登壇したのは、北九州市の産業経済局 宇宙産業推進室 室長である森永健一氏。 九州の最北端にある同市は、製鉄から端を発するものづくり企業に加えて、IT企業やスタートアップが集積しており、さらには豊富な理工系人材を輩出する学術都市でもある。また、宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999で知られる松本零士さんが育った地であり、宇宙をテーマにした「スペースワールド」(2017年閉園)や北九州市科学館にある西日本最大級のプラネタリウムの存在などから、宇宙が市民に近しい都市でもある。 このポテンシャルを活かして、2023年より、宇宙ビジネス振興の基盤づくりや宇宙関連スタートアップの育成、民間企業の開発支援などを展開してきた。最終的に目指すのは宇宙ビジネスの拠点となるようなサプライチェーンを構築して「リアルスペースワールド」を築くことだ。 基盤づくりにおいては、宇宙ビジネスに興味のある企業、横のつながりをつくりたい市内の企業を対象に、「北九州宇宙ビジネスネットワーク」を立ち上げている。勉強会やセミナーを定期開催して、産官学をつなぐコミュニティであり、現在会員数は75団体へと広がっている。 この産官学の学において中核となるのが、大学における衛生打ち上げ数が7年連続で世界1位である九州工業大学である。 同大学で研究・開発するのは、「CubeSat」と呼ばれる1辺10cmの立方体を1単位とする超小型衛星であり、2012年から2024年までに計29機を打ち上げてきた。この超小型衛星の試験設備である「革新的宇宙利用実証ラボラトリー」を中核に、民間企業との宇宙実証も積極的に進めている。 九州工業大学の大学院工学研究院 教授である北村健太郎氏は、「“Lean Satellite”という考え方があり、早く、そして安く作れる小さな衛星を使うことで、リスクを取れるようになり、宇宙開発利用の参入障壁を下げることができる」と説明。加えて、「企業が抱えている視点や切り口でやれることは沢山ある。宇宙の裾野を広げるために協力したい」と呼びかけた。 また北九州市は、政府・JAXA同様に技術開発の支援も手掛ける。衛星データの活用や宇宙機器の開発を推進する補助制度を開始しており、市内の企業や大学を対象に最大500万円を補助する。既に2023年は4件、2024年度には5件を採択したという。 技術開発支援においては、衛星データを活用した自動運転の実証実験にも協力している。3Dマップと高精度衛星測位技術を組み合わせて、運転手ありの自動運転システム(レベル2)を開発するというプロジェクトであり、日本独自の測位衛星「みちびき」やGPSを利用して位置を測定するGNSSアンテナが用いられた。 北九州市の森永氏は最後に、「今まさに立ちあがろうとしている宇宙産業に、果敢にチャレンジしていく必要がある。『まだ他の企業が分かっていないうちに挑戦したい』という声も地域の経営者から聞こえてきた。多くの挑戦を引き出し、大学などとつなぎ合わせて、新しいものを生み出していきたい」と意気込みを語った。 文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp