かな文字をめぐる書家の痛快な新説(レビュー)
ひらがなとは何か。「日本語の音を写すために、漢字をくずして作った独自の文字」。たいがいの人がそんなふうにとらえている。子どもでも漢字、ひらがな、カタカナという三種類の文字を使い分けるが、そんな言語は他にない。漢字は外国の文字(本当は文字というより単語)なので、日本語の「音」を表記するためにかな文字が必要なのだとしても、ひらがなとカタカナのどちらかがあれば足りるのではないか。 〈日本語という言葉を書き表すために三種類の文字があるのではない。逆に三種の文字が、それにふさわしい意味、表現、文体をもち、その集合体として日本語が成立している〉。石川九楊『ひらがなの世界』は、「筆をもち字を書く人」ならではの「読み」が展開される謎解きの書である。 日本の書の世界には、かなの名品がたくさんある。その中で「なぜこのような書き方をしたのか」が謎のままになっている作品も多い。読者はこの本の中で、痛快な新説に立ち会うことになる。書かれた文字は「作品」として見ることができるが、同時に、書くときの肉体の動作が記録された「媒体」でもある。書家である著者の、みずからの書字体験に裏打ちされた読みに圧倒される。書を通して、千年前の人間と現代人の肉体が共鳴している。心が震える。 おりしも、上野の森美術館(東京)で著者の大規模個展が開かれているタイミング。この夏、行けるだけ通いたいと思っています。 [レビュアー]渡邊十絲子(詩人) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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