イチローが愛する野球を通じて伝えたかったものは何だったのか?
メジャーの年間最多安打記録を樹立した前マリナーズ時代は、弱小チームにおいてイチローの記録だけが際立ち、チーム内外から個人主義だと批判された。 「団体競技なんだけど個人競技だというのが野球のおもしろいところ。チームが勝てばそれでいいか、というと、全然、そうでもない。個人としても結果を残さないと生きていくことはできない」 今でも、そういう野球観を持つが、チーム内で孤立し、一部では、「イチロー襲撃計画」が発覚するほど関係が険悪化したこともあった。 「孤独を感じて苦しんだことも多々あった。その体験は、未来の自分にとって大きな支えになると今は思う。辛いこと、しんどいことから逃げたいと思うのは当然。でもエネルギーのある元気なときに、それに立ち向かっていくことが人として重要なことではないか」 勇気をもらえる人生訓である。 日米の野球への提言もあった。 “引退後”を聞かれたイチローは「人望がないから監督は無理」と言いながらもアマチュアの指導者は「興味がある」とし、“プロアマの壁”を問題視した。 「アマとプロの壁が特殊な形で存在している。今までややこしいじゃないですか。極端な話。自分に子供がいたとして、高校生であるとすれば教えられなかったりするルールは変な感じがする」 現在は、アマ資格復帰の講習会受講で、元プロ選手が高校、大学の指導者になれるなど、壁は少しずつ崩れてはいるが、まだ完全な雪解けには程遠い。オフに少年野球の大会を主催するなどしているイチローが、未来の日本の野球界を考える上で憂うのはそこだ。 そして第2のイチローを夢見る子供たちへもこう語りかけた。 「熱中できるもの夢中になれるものを見つけられれば、それに向けてエネルギーを注げる。そういうものを早く見つけて欲しい。それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていけると思う。いろんなことにトライして、自分に向くか、向かないかよりも自分の好きなものを見つけて欲しい」 メジャーの傾向についても辛辣な主張を展開した。 「2001年にアメリカに来てから2019年今現在はまったく違う野球になった。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつある。現場にいる選手はみんな感じている、これがどう変化するか、次の5年、10年、しばらく流れは止まらないと思うが、本来は頭を使わないとできないスポーツが、そうでないのが、どうも気持ち悪い」 「フライボール革命」に象徴されるようなパワー全盛の野球がメジャーを凌駕している。動作解析などによる科学的野球の追及でピッチャーの球速が飛躍的に伸び、それに対抗するため、打者は打球角度だけを考えてバットスイングを速くしてスイングの形を機械的に変える。また超攻撃的な「2番最強打者」が常識となった。東京ドームの2試合でも、観客をどよめかしたが、内野手の守備位置を極端に動かすシフト守備が横行。戦術、戦略ではなく、年間を通じたトータルのデータでヒット数を減らすことが優先される。 イチローは、そういう“大雑把な野球”に疑問を投げかけると同時に日本球界が、そのメジャー志向に走らないよう警鐘を鳴らす。 「日本の野球がアメリカに追従する必要はまったくない。日本は頭を使う、おもしろい野球であって欲しい。アメリカの流れは止まらないと思うので、せめて日本は変わってはいけないところ、大切にしなくてはいけないものを大切にしてもらいたいと思う」 メジャーでは、試合時間短縮のため2020年から事実上のワンポイント投手起用を禁止するルールを採用するが、日本が、その流れに追従すればイチローの言う「頭を使う野球」はそれこそ姿を消す。 日本野球を愛し、日本で身に着けた日本野球の素晴らしさが世界に通用することを体現してきたイチローだからこその警鐘だった。 イチローは、その“引退試合”で最後の最後までヒットを打とうと懸命にもがいた。生き方、そして、日本人のあり方と進むべき指針……。日米の野球界の先頭を歩き続けてきた伝説の人は、その感動的な去り際に、大切な教訓をメッセージとして置いていってくれたのかもしれない。