外資IT職から「味噌づくりの伝承者」に 熊本に移住した夫妻の決断
「偶然の縁でした」
後継者のいない農家や商店は、麦味噌作り以外にも数多くある。なぜ味噌作りにしたのか。質問を投げかけると優さんは少し考えてこう言った。 「結局は偶然の縁というか。実は、その味噌作りのリーダーの女性が、私のおばあちゃんにとってもよく似ていたんです。それが一番の理由といえば、理由かもしれない」そう言って、前田さんはふふ、と笑った。 麦味噌の原料は大麦と大豆。日本における大豆の自給率は7%とかなり低水準だ(2015年現在、農水省調べ)。優さんによると、大豆は昔から日本各地で作られており、大豆の元となる枝豆を育てるのは、日本の気候では難しいことではない。夫妻は昨年初めて市内の土地を借り、枝豆栽培から味噌作りを始めた。
「心豊かな暮らし」モチベーションに
地域おこし協力隊員の任期は最長で3年だ。任期後の仕事は保証されていない。隊員らは、活動した土地に残って生活するか、以前の職に戻るかなど、選択肢は複数ある。総務省が2013年度に公表した任期終了した協力隊員を対象としたアンケート結果(366人回答)によると、48%が「活動地と同一市町村内に定住」、8%が「活動地の近隣市町村内に定住」だった。 前田さん夫妻は相談の末、荒尾市に残る選択をした。優さんは語る。 「今までの民間のやり方とは勝手も違うし、私がやれる仕事も限られている。そんな中でどうしようって、心がすごく迷った時期もありました。やっぱり周りに誰も知り合いがいない田舎に来るわけですから、孤独感もある。そういう時に支え合えるっていう意味で、若い人が夫婦とかパートナーと一緒に地方に移住するっていうのはいいのかな、と思います」 道範さんは、オリーブ栽培を発展させるため、農業に携わりながら、優さんの味噌作りをサポートしていく考えだ。夫が仕事で関わるようになったオリーブ栽培のネットワークも、優さんが地域に溶け込む原動力となった。
優さんは、「どちらかというと、夫のほうがここでの暮らしに早く馴染んだと思います」と語る。 「ここは交通の便もいいし、東京や九州各地に住む友人たちが結構頻繁に遊びに来てくれるんです。同じ移住者の友人もできました。生活していても近所の方たちが野菜を沢山くださったり、色んな人に支えていただいています。休日は2人で温泉に行ったり、生活と仕事のバランスもちょうどいい感じです。身体は田舎の空気を吸ってリラックスして、頭は仕事モード、みたいな。楽しいですよ」 さらにこう続けた。 「心豊かな暮らしがしたかったんだよね。午前9時から午後5時まで会社にいて……みたいなのより、自分たちで決めて働いて、それで外に出たり、自然とかアートに触れたりとかする生活がしたいなーって思ったんですよね、私たち。それが農業とか、味噌作りとかやっていくモチベーションになってる」