外資IT職から「味噌づくりの伝承者」に 熊本に移住した夫妻の決断
道範さんが農業に関心があったこともあり、農業事業で募集が出ていた熊本県荒尾市の「地域おこし協力隊員」に応募した。結果、2人そろって採用。2016年から同市に移住した。夫妻として同一自治体に協力隊員に採用されたのは、前田さん夫妻が熊本県では初めてのケースだったという。
葛藤、そして麦味噌作りとの出合い
地域おこし協力隊とは外部人材の投入によって地方の活性化を図るとともに、若者の地方移住促進を目指した総務省の取り組みで、任期は自治体によって異なるものの概ね1~3年。 2人が移住した荒尾市は熊本県の最北部、福岡県との境界に位置する。同市はイタリアのトスカーナ地方周辺に平均気温が近く、海が近いことなどの理由で、オリーブ栽培に適しているという。市はオリーブ栽培を新たな産業として軌道に乗せることに注力しており、道範さんはオリーブ関連事業に従事することになった。優さんはITマーケティングの経験を買われ、観光推進室に配置された。
一方、前田さん夫妻が協力隊員として働き始めた頃の荒尾市は、突然の市長選挙などにより協力隊員らを受け入れる環境が整わなかった上、優さんにとっては前職での仕事の進め方との落差もあり、戸惑いも多かったという。 荒尾市は、2015年に『明治日本の産業革命遺産』として世界遺産に登録された三池炭鉱跡地や、国際的に重要と見なされる湿地群に付与される『ラムサール条約』に登録された日本有数の干潟、辛亥革命の志士と目される孫文と交流の深かった宮崎滔天の生家もあり、観光資源が豊富だ。それでも、任期付きの隊員という立場から、観光キャンペーンの立ち上げに関わりたくても関われないというジレンマもあった。
そんな葛藤の中、前田さんの前途を照らすある出来事があった。隊員としての活動中に知り合った、麦味噌を大豆から作っている高齢の女性たちのグループとの出会いだ。
「荒尾市の折敷田(おしきだ)という地区では、麦味噌作りが何代も前から行われてきているらしいんですけど、高齢化が進んで後継者がいないってことが分かったんです。興味を持って味噌作りの現場に足を運んだりしていたら、すごく可愛がってくれるようになって。縁もゆかりもないんですけど、私を後継者にしていいって言ってくれるようになりました」