恋愛、治療薬、運動会もNG――宗教2世の漫画家が語った「生きづらさ」と「銃撃事件」
──公開中止になったことがニュースとなっていました。 「そうですね。報道を見て、出版社を含むいろんな人が連絡をくれました。ただ、『うちで出せたらよかったんですけど……』のような、難しいという感触をにおわせる連絡が多くて、やはり宗教ものを出せる出版社は少ないんだなと思いました。そんななか、文春のかたから連絡がありました。文春は宗教ものも扱っているし、出してくれるかなと期待していると、実際に出版させていただくことに。ほっとしましたが、これは春先の話です。その後、まさか宗教2世があんな事件に関わるなんて想像もしていなかったので、驚くばかりでした」
声を出せばこだまは響くはず
菊池さんは2017年に『酔うと~』で自分の家庭と自分自身を描き、その後、毒親や依存症、宗教2世などのテーマのもと、他者を取材し、ノンフィクションの漫画を描いてきた。作品を描き続けて現在言えることは、自分自身が変わってきたことだという。
「2016年にアルコール依存症だった父が他界したことが大きいのは確かです。それまで父の世話で親元を離れられなかったので。父がいた頃は、本当につらい日がよくありました。その感覚を例えて言うと、自分が洗濯機のなかに住んでいて、ある日突然、何者かがスイッチを押してしまうような感じで」 ──洗濯機のなかですか……。 「トラウマのスイッチが押されて、頭がぐじゃぐじゃになるんです。不安になる、消えたくなる、逃げ出したくなる、死にたくなる……、とにかくすべてのネガティブな感情です。父親が外から帰ってくると、玄関の音で一気にそのトラウマが出てくる。寝ても悪夢だし、起きても悪夢。そういう感覚は父が他界したあとも突然よみがえることがありました」 ──それは相当重いトラウマですね。 「はい。でも、その父のことを漫画『酔うと~』で発表したら、ものすごく反響を得たんです。反響は本の感想というより、『私の家もこうだったんです!』という共感の自分語りのほうが多くて。だから、私自身が救われる感覚になったんです。そういう声に触れることで、『私だけじゃない』という感覚がもてたんだと思います」 ──だとすると、今回の宗教2世の漫画もそういう人たちに届くのでは。 「そうだと思います。声を出すことで社会が変わっていってほしいのですが、社会はすぐには変わりません。でも、まず声を出すことで、誰かが少し楽になる可能性がある。ひとりで声を出していると空しくなるけど、誰かに声を向ければ、絶対こだまは返ってくる。そんなこだまが響くのを期待しています」
------ 森健(もり・けん) ジャーナリスト。1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、総合誌の専属記者などを経て独立。『「つなみ」の子どもたち』で2012年に第43回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『小倉昌男 祈りと経営』で2015年に第22回小学館ノンフィクション大賞、2017年に第48回大宅壮一ノンフィクション賞、ビジネス書大賞2017審査員特別賞受賞