【三菱UFJ貸金庫盗難事件】まだ逮捕されていない犯人の女性行員、どこにいて、銀行は何をしているのか
元営業課長が逮捕されておらず、氏名も公表されていないのは、銀行や顧客から被害届が出されていないので、警察は動きようがないからだ。これだけの事件なので、銀行は事情聴取が終わり次第、被害届を出す(ないしは刑事告訴する)のは間違いない。それを受け、逮捕・氏名公表ということになるだろう。報道によると警察は、銀行が任意提出した書類にもとづいて捜査を始めたようだが、銀行の仕組みや業務の事情をゼロから勉強して自分たちで事情聴取をやるより、警察OBもいる銀行に、警察並みに厳しく事情聴取をやってもらったほうが、よほど手間が省ける。 本件に関しては、12月16日に金融庁が三菱UFJ銀行に対して報告徴求命令を出しているので、遅くとも期末である3月末か4月初旬には報告書を出す必要があり、その頃には被害届を出すはずだ。 ■ スペアキー不正使用の手口 三菱UFJ銀行の貸金庫は、顧客の鍵と銀行の鍵を使って、開ける仕組みになっている。銀行は顧客と貸金庫の契約をする際、顧客が鍵を紛失した場合に備え、2つある顧客の鍵のうち1つをスペアキー(予備鍵)として預かる。スペアキーは封筒に入れ、顧客と銀行が割り印をし、支店内の所定の場所で保管する。 営業課長だった女性行員は、所定の場所からスペアキーを出し入れする権限を持ち、封筒を開け、スペアキーを取り出したのだろう。報道によると、練馬支店と玉川支店の貸金庫の数は合計で1760程度らしいので、銀行の検査では、すべてのスペアキーの封筒をチェックせず、一定数を抽出検査していたと思われる。しかも、割り印の有無だけを調べ、顧客の割り印を印鑑届けと突き合わせていなかった可能性がある。元営業課長は当然そうした検査の実態を知っており、市販の三文判で顧客の割り印を押し、検査をすり抜けることができたのではないか。
なお普通の糊は0℃以下に凍らせると、水分がつくことで粘着力が弱まり、剥がれやすくなる。東西冷戦下、社会主義国の郵便局や警察には冷凍庫があり、国民の手紙を開封していた。開けられたくない国民は、封のところをテープでぐるぐる巻きにして投函していた。銀行のスペアキーの封筒も、こっそり家に持ち帰って冷凍すれば、痕跡なしで開封できた可能性がある。今は冷戦時代より質のよい糊があるが、要は使う糊の種類と量次第だ。 ■ 営業課長に与えられた大きな権限 なお営業課長という役職は、銀行によって微妙に役割が異なり、筆者がいた都銀では、預金、為替、店頭相談、貸金庫、総務など、あくまで事務部門の統括責任者だった。一方、三菱UFJ銀行では、事務統括だけでなく、リテール(個人取引)部門のトップのような存在である。 同行では、支店の支店長や副支店長は、稼ぎ頭の法人取引にほとんどの時間をとられ、ごく一部の富裕層以外はリテールにタッチしない。そのため営業課長は支店のナンバー3かナンバー4という高い職位で、リテールの支店長のような存在である。大卒の総合職の行員がキャリア形成の過程で任命されることはほぼなく、現場の叩き上げが任命され、昔からいる高卒の行員の一つの到達目標のようにもなっている。組織から信頼され、権限も与えられているので、営業課長が今回のように悪意をもって不正に手を染めると、歯止めが効きづらい。 また、たいして儲からないリテール業務で、その中でも最も儲からない貸金庫ということで、銀行の注意が向いておらず、それが今回の盲点につながった面もあるはずだ。
黒木 亮