『虎に翼』はるが寅子に注いだ包み込むような愛情 朝ドラで描かれてきた“母親の死”
NHK連続テレビ小説『虎に翼』第58話で、道男(和田庵)に手伝いをさせ、お風呂の炊きかたを教えようとしていたはる(石田ゆり子)の白髪が増えていることに気がついた。とても優しく強かったはるも年を重ねているのだなと思っていたら、庭先で倒れ瞬く間に弱々しい姿となってしまった。急な別れがとても寂しい。 【写真】駄々をこねる寅子(伊藤沙莉)の頭を優しく撫でるはる(石田ゆり子) 近年の朝ドラでも“母親の死”はたびたび描かれてきた。温かい愛情を惜しみなく注ぐ母の死は、特に幼い時ほど主人公に大きな影響を与える。『おちょやん』(2020年度後期)の主人公・千代(杉咲花)は5歳の時に実母のサエ(三戸なつめ)を亡くしている。千代のことをとてもかわいがり、時には「かぐや姫」にたとえるほどだった。千代もそんな母親のことが大好きで、亡くなってからは母の代わりに弟の面倒をみ、家事を一手に担って、小学校に行けないくらい忙しく奮闘した。そして母から形見としてもらった月の様に綺麗なビー玉を大事にしていた。千代が頑張る理由の一つに母の存在があったのだ。 後年、千代が新喜劇への1日限りの再出演を決め、劇中にふと客席に目を向けると、父・テルヲ(トータス松本)と弟・ヨシヲ(倉悠貴)の間にサエが座っており、拍手喝采を送っていた。いくつになっても千代の心の中には、大切な家族としてサエがいたのである。 『らんまん』(2023年度前期)の万太郎(神木隆之介)は、7歳の時に母のヒサ(広末涼子)を亡くしている。ヒサは万太郎を産んでから床に伏すことが多くなり、子育てのほとんどは祖母のタキ(松坂慶子)に任せていたが、植物が好きな万太郎の成長を温かく見守っていた。万太郎は高知では有名な酒屋の跡取り息子だったが、ヒサは植物に心を奪われてばかりの万太郎の行動を決してとがめなかった。これが“好きを貫く”という万太郎の基礎ともいえる心を育てたともいえるだろう。
『ブギウギ』で描かれた大人になってから“母親の死”に向き合う辛さ
一方、ある程度大人になってからの母の死は、自分にできることや、やるべきだったという後悔がいくつも思い浮かぶからこその辛さがある。『ブギウギ』(2023年度後期)のスズ子(趣里)は、母・ツヤ(水川あさみ)が危篤との知らせを受けたが、すでにUGD(梅丸楽劇団)の看板女優となって活躍し、その日も直前に控えていた。スズ子はすぐにツヤのもとへ行くか悩んでいたが、歌手として公演を終えてからツヤと再会。枕元で自分の歌声を披露して最期を看取った。 寅子(伊藤沙莉)もはるの最期を感じ、「母に未練がないように」「自分にも後悔がないように」と数日前に出て行ったきりの道男をなんとか探して猪爪家へ連れてきた。それでも看取る間際にいろんな思いが心の中に湧き、子どもに戻ったように駄々をこねてしまっていた寅子に、はるは困った顔をしながらも優しく微笑み、頭を撫でてくれていた。 「共亜事件」が起きて辛い時でも、戦争で自分の子を亡くした時でも、相手が家族だろうと戦争孤児の道男であろうと、最期の最期まで包み込むような大きな愛を示していたはる。これまで寅子はその愛を存分に受けて育ち甘えていたが、いよいよそうもできなくなってしまった。むしろ少年少女に関わる仕事をしているからこそ、はるのような人になることを目標にするべきなのかもしれない。立場や環境が変われば、人の気持ちも大きく変わる。寅子は今後、どのように変化していくのか。
久保田ひかる