昭恵夫人はなぜ「日米関係のエモい状況」を作れたのか。石破首相が直視すべき「実力不足」の現実
◆石破首相が「本音」でトランプ氏と会談しないほうがいい理由
こうした日米間のエモい状況を安倍夫妻が作った状況で、石破政権はどう対応していくのかが今、問われている。 石破首相は既に5分だけ、トランプ氏と電話で話をしている。実際には通訳を介しているので、会話部分はさらに短い。石破首相はそのときの感想を聞かれて「これから先、言葉を飾ったり繕ったりするのではなくて、本音で話ができる方だという印象を持った」と述べているが、石破首相に限っては、決して本音でトランプ氏と話をしない方がいいと言える。 なぜなら、石破首相の持論には、「日米地位協定の改訂」と「アジア版NATOの創設」があるからだ。少なくとも、これらについてはトランプ氏に提案すべきでないだろう。前者は、在日米軍の扱いを変えるための提案で、後者は、米軍に頼り切らずに地域で軍事的に協力するという意思表示ととれる。 筆者は先日、アメリカで知日派として知られるマイケル・グリーン元米国家安全保障会議(NSC)アジア部長からこんな意見を聞いた。「もし石破首相が地位協定改訂などの発言をトランプ氏にするなら、トランプ氏は『よし、じゃあ米軍を撤退させよう』と言ってくるかもしれない」 言うまでもないが、今日本から米軍がいなくなれば、日本周辺の懸念国などが日本に攻勢をかけてくるのは想像に難くない。日本政府の指揮で独自に国民を軍事的に守れるとは思えない。もっと言えば、トランプ氏がかつて韓国政府に対してやったように、米軍撤退などをちらつかせてほかの交渉でも強く出てくるかもしれない。
◆日本とアメリカの橋渡しを果たした昭恵氏
今回の昭恵氏の訪米について、あるメディア関係者は筆者に「昭恵夫人がいなかったら日本にとっての橋渡し的役割の人がいなかったのではと考えると恐ろしくなる」とメッセージをくれた。確かに、安倍元首相と昭恵氏がいなければ、トランプ氏が率いるアメリカとの関係はかなりギクシャクした緊張感のあるものになっていただろう。もちろん馴れ合いになる必要はないが、国益を考えれば、どんな形であっても、最重要な同盟国であるアメリカの大統領には接近しておいた方がいいに決まっている。 石破政権はまず現実と実力を直視した方がいい。実力ではトランプ氏には会えなかったのである。ならばほかの誰かに頼るしかない。今後も、トランプ氏とうまく付き合っていくのに昭恵氏などが必要なら、昭恵氏側が許す限り協力してもらえばいい。これが国民のためになるのなら、昭恵氏も協力は惜しまないだろう。 この記事の筆者:山田 敏弘 ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。 X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル」
山田 敏弘