天童を超えた⁉大阪・高槻が「将棋のパラダイス」に 連盟の新会館、バス、公園…すべてから「駒の音」
関西将棋会館が移転する大阪府高槻市が、「将棋のまち」へと変化しつつある。藤井聡太7冠らのタイトル戦が昨年も行われるなど、ここ数年で全国の将棋ファンには知られるようになってきたが、新会館が2024年12月にオープンするのに合わせて、市は一帯の整備をさらに進めており、最寄り駅近くを歩いてみると、あちこちで「将棋のまち」を楽しめるようになっている。 高槻市では、江戸時代の将棋の駒47枚が高槻城跡からかつて発掘されたことがある。実は一度にこれだけの数が見つかるのは全国的にも珍しい。市は、将棋を振興策の一つとして位置付け、自治体としては初めて日本将棋連盟と包括連携協定を18年に締結。以来、棋士による子どもたちへの将棋指導や、タイトル戦の誘致、アマチュア将棋大会の創設など、将棋文化の普及に努めてきた。 プロの公式戦の対局が行われる関西将棋会館は、1981年に大阪市のJR福島駅近くに建てられた。近年は老朽化が進んでいたため、日本将棋連盟は移転を検討。2021年に高槻市での設置を決めた。新会館は24年11月に完成し、12月3日にオープンした。 会館移転に合わせて、市は全国で初めて将棋関連の専門部署「将棋のまち推進課」を22年4月から新たに設け、準備を進めてきた。 棋士を招いた「高槻将棋まつり」をはじめ各種イベントを開き、全国の将棋ファンにPRしてきたほか、同年からは市内のすべての小学1年生に、地元産の間伐材などを使った将棋駒やルールの解説本を毎年配布し、幼少期から将棋に接する機会をつくるなど、市内外に「将棋のまち 高槻」の情報発信を続ける。 移転されるのを前にした11月に、新会館近くのJR高槻駅周辺では、「将棋のまち」を実感できるような光景がいくつも誕生した。 玄関口となる駅西口では、地下通路の木目調の内装がまず目に入る。約70メートルの区間の壁面には、将棋盤のようなマス目が並び、訪れた人を将棋のまちへといざなう空間になっており、将棋ファンの心をくすぐる。 会館へ向かう北側の地上に出ると、近くの郵便ポストも、12月からは駒の形に「変身」している。高槻市にしかないオリジナルのポストで、近くを通った若者がスマートフォンのカメラを向ける気持ちも分かる。 そのすぐそばに置かれたベンチをよく見れば、駒を縁取るような形に設置されている。線路脇にあり、見下ろす形になる列車の乗客が、すぐに分かる仕掛けになっている。 まだある。 歩みを進めた先にある地面のマンホールもやっぱり将棋のデザインに。棋士の渡辺明さんの日常を描いた漫画「将棋の渡辺くん」とのコラボレーションで、作者で妻の伊奈めぐみさんが書き下ろしたオリジナルの図柄には、高槻市のマスコットキャラクター「はにたん」と渡辺くんが仲良く描かれている。 ほかにも高槻駅構内には新将棋会館を紹介するパネルが貼られているほか、藤井聡太7冠や谷川浩司17世名人らタイトル保持者をはじめ、京都市出身の小林裕士さんら関西本部所属棋士27人を紹介する横断幕が、線路沿いのフェンスに並べられている。高槻市営バスも、棋士たちの姿をラッピングした車両を運行している。 まだまだある。 25年3月には、関西将棋会館の隣の用地で公園を整備する。最高級の駒の原材料として知られる伊豆諸島・御蔵島のツゲの木などを植樹する計画で、「耳を澄ますと、将棋を指す音が聞こえてくる」ことをイメージした公園は、その名も「駒音公園」と名付けられた。 歓迎ムードは地元でも高まっている。駅前の書店や家電量販店でも将棋の特設コーナーが作られているほか、近くの商店街「高槻センター街」でも新将棋会館をアピールするのぼりが上がっている。運営団体は「将棋会館を目的に訪れた人が、商店街を歩いてくれるだけでいい。店のことも、地域のことも知るきっかけになれば、また足を運んでくれるかもしれない」とし、一帯の情報を盛り込んだマップを今後配布する計画もある。 市も「行政だけでなく、地域や企業と一帯になって盛り上げる機運の醸成を図りたい」と、今後の連携策を模索している。 なぜここまで盛り上がっているのか。将棋のまち推進課の担当者は「高槻市は、京都市と大阪市に挟まれているため、その魅力をなかなか知ってもらえる機会がない。自治体間競争が激しくなる中、生き残っていくために、そしてこのまちの良さを感じてもらえるのに、絶好機」と捉えている。 市内の中学校では将棋部が増えるなど、徐々に成果も見え始めている。新将棋会館の開設を前に、高まりつつある「将棋熱」をどう定着させ、さらに発展させていくか。高槻市の長考はまだまだ続きそうだ。