市川男女蔵『毛抜』粂寺弾正 堂々と、でもでしゃばらずに。【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
毎月歌舞伎座公演で上演される演目のなかから、気になる場面やせりふ、キャラクター、衣装などをピックアップ。客席からは知る事のできないあれこれを、実際に演じる役者に直撃質問! これを読めばきっと生の舞台を体感したくなるはず。 さぁ、めくるめく歌舞伎の世界へようこそ。(「ぴあ」アプリ&WEB「ゆけ!ゆけ!歌舞伎“深ボリ”隊!!」今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より転載) 【全ての写真】市川男女蔵さん最新舞台写真ほか 歌舞伎に登場する英雄たちの中でもトップクラスの愛されキャラといえば、みんな大好き粂寺弾正。歌舞伎十八番『毛抜』の主人公だ。見るからに豪放磊落、力業でガツガツと事件を解決していきそうなタイプと思いきや、実はクールな知性派。かと思えば所かまわず美男美女に手を出そうとする一面も。このギャップが愛される所以かもしれない。 <あらすじ> 小野小町の子孫、小野春道の屋敷では、家宝の短冊が盗まれてしまう。また姫君錦の前は髪が逆立つという病に。その姫の許嫁である文屋豊秀の家臣、粂寺弾正が遣わされ、小野家の事情を調べにやってくる。そこで弾正が見たものとは……。 今月の歌舞伎座では、2023年に亡くなった四世市川左團次ゆかりの狂言『毛抜』が、一年祭追善狂言として上演されている。長男の市川男女蔵さんが粂寺弾正を勤めるのは20年前の「新春浅草歌舞伎」以来だ。 歌舞伎十八番らしいおおらかさ、荒唐無稽ぶり。そこにピタリとはまる粂寺弾正という役どころの線の太さ、そして彼の多面的な魅力は、役者さんのどんな工夫、どんな思いに支えられているのだろう。 今月の深ボリ隊は、「團菊祭五月大歌舞伎」初日を勤め終えたばかりの男女蔵さんを直撃。たっぷりとお話をうかがったところ、弾正の意外な一面も見えてきて……。
Q. あの独特の外見に負けない工夫とは?
── 20年ぶりに粂寺弾正を勤められ、その初日を終えたお気持ちはいかがですか。 市川男女蔵(以下、男女蔵) 今から思うと前回浅草で勤めたときは、もう若さのスタートダッシュそのもの、勢いだけでしたね。当時はただがむしゃらで、教えていただいたことを一生懸命やってそれで精いっぱい。それ以来弾正に限らずいろいろなお役をさせていただいて、20年たってみると重さが全然違います。なんていうのかな、とにかくこの狂言、この役、この舞台に重さを感じています。 ── (四世市川)左團次さんが使っていた道具やお衣裳など、何か思い出の品を身に着けたり飾ったりされていますか。 男女蔵 化粧前の道具や筆とかは、置いていません。心の中にいますので。ただおやじさんの一年祭なので、おやじの名前の木札、楽屋暖簾の横に掛けてあるやつね、あれを部屋に飾って、おやじの好きだった銘柄の煙草を一箱置いて、好きだったコーラとかサイダーとか飲み物を日替わりで供えていこうかなと。ちなみに初日の今日は「午後の紅茶」にしました(笑)。 ── 粂寺弾正といえばまずはあの外見が目を引きますよね。 男女蔵 立髪で、もみ上げ部分にシッチュウが着いて、一般的な生締より印象の強い頭でしょ。甘さと強さ、おかしみと二枚目ぶり。カブキ者ですよね。顔は、おやじさんのを見て「こうだったな」というのを基本に、”楷書”でまずは真似てやってみて、少しずつ自分に合わせるようにしています。 ── 碁盤柄の裃も独特ですよね。 男女蔵 おやじさんが言うには、「おめえ、あの綿入れは重くて後ろにひっぱられやすいけど、線が細く見えちゃうから持っていかれないようにしろよ」と。あれこれ教えたり言ってくれたりしないおやじですが、珍しくそこは言ってくれたんです。「あの衣裳が似合うようになれ」ということなんでしょうね。衣裳の着方ひとつ、ふだんからおれの横で見ておけよと。そういえばおやじの体調がベストのころの体重、足のサイズ、手の大きさ、全部僕と同じなんです。浅草公会堂の入口の前にいろいろな役者さんたちの手形がありますでしょう。あのおやじの手形、僕の手のひらがぴったりはまるんです。驚きました。 ── その衣裳を身に着けて花道を出てきます。 男女蔵 他の役でもそうですが、弾正はやはり花道を出てきたときが勝負じゃないですか。これがまず怖い。僕よりうまい方は大勢いらっしゃるけれど、じゃあ男女蔵の弾正は何がどう違うのか。それが問われているようで。とにかく自己満足にならないように一日一日大事に挑んでいかないと、と思いますね。ありがたいことに「歌舞伎十八番」って本当によく出来ていて、『毛抜』という狂言の魅力そのものが僕を助けてくれているような気がするんです。 ── そして小野家に到着します。秦民部と八剣玄蕃の間でひと悶着が起きている。 男女蔵 弾正にとってとにかくすべてが、そこに行って見て聞いて初めて知ることなのだと。そこを大事にしています。つまり弾正があの場に行って初めて「あれ、何が起きてるのかな」という気持ちで勤めたい、反応したい。もちろん、やることやるべきことは決まっていますよ。でもその日初めてそこで起きていることとして体験したい。何か起こるかすでに知っているような態度がちょっとでも見えると、お客様は、置いてけぼりにされたように思われてしまいますから。 ── 錦の前の髪が逆立つという”症状”について、「奇病門(漢方医学書)にも見当たらぬ」と言っています。弾正は医療に通じているんですね。 男女蔵 弁慶も助六もそうですが、「歌舞伎十八番」の主人公って皆スーパーマンじゃないですか。単に力があるだけでなく、知恵、知識、いろいろな強みを持っている。助六も喧嘩が強いだけでなく、人込みにいって喧嘩をふっかければ相手に刀を抜かせることができる、それによって父の仇の情報も入ってくる。そんな頭の良さがありますよね。この弾正もそうなんでしょうね。いろんな強みを持ってる。だから豊秀もこの人を信頼して小野家への使者に立てているのでしょう。