“スーパーカーの新境地” 新型NSXの技術は何がすごいのか?
アルミのアブレーション鋳造材のすごさ
もう一点、おそらくNSXのシャシー技術において白眉となるのが、アルミのアブレーション鋳造材だ。アブレーション鋳造とは砂型に溶かしたアルミの湯を流し込み、これが冷える前に高圧のジェット水流で砂型を吹き飛ばす。この急冷によって、通常のアルミ鋳物では出せない粘りが生まれる。アルミは鉄と比べると伸びが悪く、衝突時に割れが起きやすい。事故車のアルミホイールが割れているのを見たことはないだろうか? あれが起きるのだ。
NSXはスポーツカーとして高い運動性能を実現するために、フロントオーバーハングを極力短くしたいが、ハイパワーなスーパーカーとしての高度な衝突安全性能も備えなくてはならない。短いフロントで上手に衝撃を吸収するためにアルミ押し出し材を用い、さらにその間にアルミ鋳造部品を接ぎ木の様に挟み込むことで、高い衝撃吸収能力を持たせている。 このアブレーション鋳造材の採用が見事な点は二つある。衝突エネルギーの防波堤として、アルミ押し出し材が潰れて吸収し切れなかったエネルギーを受け止め、キャビン側の複数の構造材にできる限り均等にエネルギー再分散させて、キャビンの変形を防ぐ役割である。
もう一つは、サスペンションマウントとしての役割だ。鋳造なので、形状の自由度が高い。サスペンションマウントのために必要な形状を作り込むことができる。形状自由度の低い押し出し材では絶対にできない芸当だ。従来なら前後のフレームを一度サブフレームに組み上げて、それをシャシーに再度マウントするという方法が取られていた。それによって重量でも強度でも妥協が強いられる。しかし外皮に強度を持たせるモノコックフレームは局部的な強度が低く、サブフレームで一度力を分散させないとシャシーフレームにマウント出来なかった。加えてNSXはSH-AWDの制御によって、様々な方向から従来より大きな入力が入る。タイヤの位置と方向を正確に維持することがこれまで以上に大変なのだ。
NSXでは複合素材によるスペースフレームを作り、その構造材の間に鋳造部品でサスペンションマウントを直接織り込むことでタイヤの支持剛性の大幅な向上に成功したのだ。それはしかも衝突安全にも寄与する。NSXにとって重大なウィークポイントになりかねない二つの問題をこのアブレーション鋳造のパーツによって一気に解決したのである。これはコロンブスの卵であり、筆者は現物をみて驚嘆した。 NSXはそのシャシー設計において、スーパーカーの新境地を拓いた。NSXのこうした設計は自動車技術史に大きな足跡を残すことになるだろう。 (池田直渡・モータージャーナル)