“吉祥の鳥”トキの繁殖で日本と中国が協力し合えるものとは?
つまり、現在日本にいるトキはすべて、中国から提供された中国産トキの子孫ということになる。ただし、日本産のトキと中国産のトキの遺伝子の違いは0.1%以下という研究報告がある。これは個体差のレベルであり、たとえば同じ日本人であっても、個人個人の遺伝子がほんの少し違うのと同じ程度だという。日本産のトキと中国産のトキに遺伝的な違いはなく、人間でいうと、「民族という括り」や「国籍の違い」はないということだ。 ■中国の成功体験が日本にも生かされた 中国陝西省でのトキの繁殖成功例を紹介したが、私はかつて、このトキ自然保護区を訪問したことがある。先ほど「国家を挙げての保護政策を展開した」と述べたが、社会主義国らしく、国からの命令で保護が徹底していた。トキが絶滅したと思われるぐらい激減した主な原因は、農薬の使用によってトキが好んで食べる小魚、カエルなど両生類、それに昆虫の数が減ったためだ。陝西省では農民に補助金を出しながら、農薬の使用量を減らし、トキのエサを回復させていた。 中国での成功体験は、日本にも生かされた。新潟県佐渡では今、多くの農家が農薬を大幅に削減したコメづくりを実践している。小魚や虫が増え、そしてトキのエサが増え、トキも増えた。農家もトキが舞う里山で栽培した減農薬米をブランド米にしている。手間がかかるが、だれもが歓迎できることだ。 トキを増やそうという取り組みの中で、魚、両生類、虫たちが里山に帰ってきた。人間が自然界で、様々な生物とどのように共に生きていくか、という当たり前のことを、教えてくれた気がする。日本と中国の関係で言えば、トキという鳥が、二つの国の、付き合い方の一つについても、教えてくれていると私は思う。おかしな行為は、互いに指摘し合うべきだが、一方で、互いに知恵を絞って共通の難題に立ち向かえるはずだ。 トキは日本でも、中国でも、「吉祥の鳥」と呼ばれてきた。吉祥とは、よい兆し、めでたいことの前触れ…という意味だ。今後、第二、第三のトキ繁殖のようなケースを日中で見いだせないだろうか。
■◎飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
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