激旨ラーメン店で扇風機直撃……声掛けのタイミングを見失った銀シャリ橋本の顛末
人気お笑いコンビ・銀シャリ橋本直さんが文芸誌「波」で綴るのは、どうしてもツッコまずにはいられない、そんな“ツッコミ中毒”な日々。最終回のテーマは「踊り疲れた鰹節」です。相方・鰻和弘さんの4コマ漫画もあわせてお楽しみください *** 今でも鮮明に覚えている、あの夏の出来事。新宿のルミネにある劇場の出番と出番の合間に一人でラーメンを食べに行った時のことだ。 新しいラーメン屋さんを調べて行くのが大好きで、この日も美味しそうなお店に目星をつけていた。ネットで調べていたそのラーメンは鶏と魚介から丁寧に出汁をとったもので、鶏油までかけられた、最高に魅惑的な画像が載っていた。ワクワクしながら歩く。もしかしたら鶏の歩き方になってたんちゃうかってくらい、鶏ラーメンで頭が埋め尽くされていた。 しばらく歩くと目的のラーメン屋さんを発見。外にメニュー表のベニヤの看板が鎮座していた。 「わ、いろんな種類のラーメンがある!!」 ネットには載っていなかったラーメンもある。これは迷う。大いに迷うが、ここは球団スカウトがずっと追いかけてきた第一巡選択希望ラーメンを指名するしかないやろ、ということで鶏醤油ラーメンに決定。 店の中に入り、券売機の前で鶏醤油ラーメンのボタンを押す。お釣りをとろうとしたその時、「特製たまごかけごはん」の文字が脳に入ってきた。ん? 美味しそうかも。この場合の特製はどういうことや? なにか情報がないかとすぐに店内を見渡す。ラミネートされたポスターのように壁に貼られている「特製たまごかけごはん」のビジュアルが目に入ってきた。その上に「旨い! 厳選たまごを使用、鰹節踊る」みたいなキャッチコピーが。どうやら鶏と魚介で出汁をとっているので卵もいい鶏のを使っているし、いい鰹節を使っていると。最高の組み合わせやん。夢のタッグやん。なぜか漫画『スラムダンク』の名シーン、桜木花道と流川楓のハイタッチ場面が脳内に現れる。手が合わさった時の、パーンという音も聞こえてきた。 これは、頼もう。道場破りが如く心の中で叫ぶ。特製たまごかけごはんのボタンを強く押す。鶏醤油ラーメンと特製たまごかけごはんの食券2枚をしっかりと指先に挟んだ僕は、一人なのでカウンターの一番左端の席に案内された。 店内はお昼時を過ぎているのに混んでいて、すぐに座れたのはラッキーだ。端ではあるが落ち着くし、中央で行われているラーメンを作る調理過程も見られる、なかなかの特等席だった。熱々のご飯が炊飯器から茶碗に盛られ、真ん中の少しくぼませたところに、真っ黄っ黄ならぬ、真っオレっオレなオレンジ色の卵黄がプルンと投入される。さながらホールインワンの感動。その周りに削りたての鰹節が乗せられる模様。 店員のお兄さんの、鰹節を大量に握りしめた右手から、気がはやってフライング気味にこぼれ落ちたヒラヒラの鰹節が3枚ほど茶碗に到着する。先に投入されている卵黄と3枚の踊る鰹節。それはもうフジテレビのマークのようだった。 そして大量の鰹節が卵黄の周りに解き放たれる。「踊る鰹節」の名に偽りなしで、まごうことなき熱々のお米のダンスフロアで踊り倒す鰹節。「朝まで踊り明かすぜ~」と言わんばかりの躍動だ。魚偏に堅いとは真逆の、魚偏に遊ぶでもええんちゃうと言いたくなるくらいはじけていた。 最高の状態で目の前に着丼した。小さい涙の形みたいな陶器の器に特製の醤油が添えられている。最高だ。 いざ食べようとした瞬間、鰹節自らが踊っているのとは別の、不可思議な踊りをしている鰹節エリアがあった。「ん? なんやこれ」と、そのエリアの上を見上げると、一台の扇風機が目に入った。天井の左隅に大衆食堂のテレビが如く備え付けられていて、スポットライトよろしく、思い切りこちらに向いている。「ウソやろ!?」。動揺を隠しながら同じくたまごかけごはんを注文している隣のお客さんを見ると、何食わぬ顔で食べている。首振り扇風機にもかかわらず、どうやらこの左端の席のみその風の影響をモロに受けている模様だ。 「ちょっと待ってくれ、誰もシュミレーションしなかったのか? いや、シミュレーションやったっけ? いや今それはどうでもええねん、シミュレーションもなにも、わかりそうなもんやん! 扇風機設置一日目なの?」 ついさっきまで特等席だと喜んでいたのに。ラッキーからのアンラッキーだ。乗車ギリギリ間に合ったと思ったら逆方面の電車に乗ってしまった気分。とりあえず、すぐさま左手で風の直撃をガードする。そしてちょっとだけ左肩を内に入れてみるが、そんなことでは対処できなさそうだ。 急に訪れた緊急事態に、黄色と黒の「WARNING!」の7文字が頭の中で鮮やかに浮かび上がり、警告音が鳴り響く。店員さんは全く気づいていないようだ。 不幸中の幸いというか、首振り扇風機なので、直撃しない時間帯も存在する。監視カメラの死角をかいくぐってお宝を盗みに行くルパンばりの俊敏さが求められる。何人かの鰹節たちは風圧で茶碗の外へ。少しの犠牲はやむを得ないか。無念だ。なるべく被害を最小限に抑えるべく奮闘する。はやく鰹節達に潤いを与えて激しい踊りを中止させなければ! そうこうしている間にラーメンも到着した。風が直撃していない時だったので店員さんは気がつかない。他のお客様の手前、「扇風機止めてください」と言えるわけもなく、そもそもこの状況を店員さんに気づかれたら扇風機を止めてくれるかもしれないが、こちらの落ち度ではないのに、きっとクスクスと笑われるだろう。昼バイトの子がシフトを変わるタイミングで夜バイトの子にも言うやつやん……。 ラーメンに集中したいのにまだたまごかけごはんを守り続けないといけない。『ボディガード』のケビン・コスナーか! そんなツッコミをしている場合ではない。一刻も早く踊る鰹節に湿り気を。 風が直撃しないタイミングを見計らって左手のガードを外し、茶碗に添える。特製醤油を、踊る鰹節達へまわしかける。バケツで消火作業をしている気分だ。醤油がかかっていない部分はまだ踊り続けていて、首振り扇風機の風がまた直撃する。再び左手でガード。扇風機が右に旋回していく。あっち向いてホイをやっている場合ではない。タイミングを見計らい、真ん中の卵黄を潰し一気に鰹節を巻き込んで湿らせていく。 BOROさんの名曲よろしく、夜通しはしゃいで踊り疲れたディスコの帰りのように、大阪で生まれた鰹節達がこれで青春も終わりかなと呟いて帰路につく。鰹節は静岡産だったと思うが、細かいところは気にしないでおこう。 とりあえず、これでやっと集中して食べられる。一口口に入れると、うまいっ! ではなく、まさに「旨い!」で、ラーメンも熱々のうちに食べなければと気持ちが焦る。ラーメンも絶妙な出汁が胃に染み渡り、相当に旨い。 次々に麺をすすっていると体内がラーメンでだいぶあたためられたのか、汗が吹き出してきた。すると、首振り扇風機の風が心地良く、さっきまでの敵も今や強力な味方となった。むしろ扇風機さんに「こっち向いて」と書いたうちわでも掲げたくなる。