原作者・染井為人が語る 映画『正体』異色の経歴を持つ作家の“正体”とは
芸能界での体験が作家としてのバックボーンに
ーー2017年に忽然とミステリ小説界に現れ、すでに9冊もの単行本を刊行している作家・染井為人の“正体”も気になります。学生時代はずっとサッカーをしていたそうですね。 やっていましたね。プロのサッカー選手になりたかったんですが、実力が足りなかった。それでアルバイトで介護を経験したこともあり、福祉関係の仕事をするつもりで、ある会社の面接を受けたんです。その面接で「君は元気があり、色も黒いし、体力があるだろうからこっちがいい」と言われて、グループ会社を勧められたんです。それがまさかの芸能マネージャーだったんです。それでまったく知識のなかった芸能界の世界に入り、朝早くから夜遅くまで現場で過ごすようになりました。 ーー芸能マネージャーは、所属俳優に出演オファーがある映画やドラマの脚本の良し悪しを見極める能力も必要ですよね。芸能マネージャー時代にかなりの量の脚本は読まれたんじゃないでしょうか。 そうですね、脚本はずいぶん読むことになりましたが、それはずっと後になってからです。20代の頃は小僧扱いで、上司やタレントに頼まれたことを「はい」「はい」と言って、走り回っていました。でも、芸能界にいる間にいろんな人たちに会い、いろんな現場を見て、いろんな体験もしました。そうした経験が作家としてのバックボーンにはなっていると思います。 ーー芸能界の怖めの内情を描いた短編小説集「芸能界」(光文社)は、染井さんの実体験が生かされているように思います。「正体」やデビュー作「悪い夏」、被災地の復興支援金が食い物にされる「海神」(光文社)なども、社会のダークサイドをぐいぐいと描きながら、人間が持つバイタリティーそのものを感じさせます。読み終わると、不思議と前向きな気持ちになれます。 うれしい言葉です。そう言ってくれる読者は少ないんですよ。人間は誰しも、裏表があるもの。普段は人には見せないだけで、みんな別の顔も持っていると僕は思うんです。「イヤミス」という言葉がありますよね。僕の小説はゲス野郎ばかり出てくるからと「ゲスミス」と呼ばれています。読者には「生きる勇気」を感じてほしいなぁと思いながら、僕は書いているつもりなんですけどね(笑)。 ーー映画『正体』と併せて、原作小説も多くの人に読んでもらいたいですね。 そうですね。映画がきっかけで、僕の小説も読んでもらえるようになったらもう言うことありませんね。
文 / 長野辰次