原作者・染井為人が語る 映画『正体』異色の経歴を持つ作家の“正体”とは
主人公の逃亡先がリアリティーたっぷりなわけ
ーー鏑木の正体が分からないまま物語は進行するわけですが、飯場で働く和也(森本慎太郎)、オンラインニュース編集部に勤める沙耶香(吉岡里帆)、高齢者施設で働き始めた舞(山田杏奈)らの目を通して、少しずつ鏑木の秘密が明かされていく。飯場や介護施設は過酷な仕事であることは知られていますし、フリーランスのネットライターもよほどバズり続けない限りは食べていくのは至難です。日本社会の底辺を、主人公が逃げ続けているところも印象的です。 あまり意識していたわけではありませんが、逃亡者が逃げるとしたらブラックな職場にどうしてもなるんじゃないかと思いました。鏑木が素性を隠し、名前を変えても、働けるだろうなという仕事先を選んでいます。 ーー原作では、飯場や介護施設の描写がとてもリアルでした。そうした描写があることで、物語の中に引き込まれていきます。 僕自身が学生時代に介護施設でアルバイトしていたからでしょうね。小説に出てくる介護施設に入居しているおじいちゃんやおばあちゃんたちは、実際に僕が出会った人たちがモデルになっています。僕が20歳くらいの頃です。施設を運営している社長からは「社員になれ」なんて言われていました。パートのおばちゃんや入居者からもかわいがられました。でも、入居中の人たちは次の日になると、僕の名前は忘れてしまうんです。それで、いつも名札を付けるようにしていました。飯場、またはそれに近い現場仕事も学生時代によくやりました。当時のそういう職場は、今ならありえないくらいブラックでした。とはいえ、温かい人もたくさんいたし、悪い思い出ばかりじゃありません。そうした体験がまさか小説の中で生きるとは、当時はまったく考えもしていなかったですね。 ーー原作小説では他にも細かいディテールに触れられていました。鏑木の正体を知った人物が、イチゴオーレに使われているコチニールの原材料を知ったときの驚きなどのユニークな描写もありますね。 小説にはディテールをなるべく書き込むようにしています。読者から、「イチゴオーレが飲めなくなりました」という声がけっこう届きましたね。着色料のコチニールってサボテンなどについている虫(コチニールカイガラムシ)が原材料なんです。僕は平気なんですが、そういう話をすると、「えっ、イチゴオーレもう飲めない」という人がいて、そういうものなんだなぁと妙に記憶に残っています(笑)。