大きな想いを小さなコインケースに ── 宮城県石巻市の再興を夢見て
ウェットスーツの国内シェアNo.1を誇るモビーディック社は宮城県石巻市にあります。2010年秋からはウェットスーツ地を使ったコインケースなどのアクセサリー作りにも手を広げ、潜水やサーフィンに縁のない老若男女の支持を広げています。 「多少コスト高になっても、メイドイン石巻を貫きたい」 自社ブランド「Chos(チョス)」をけん引するアクセサリー課主任菊田信也さん(34)は、新しい試みの先に古里石巻の再興を夢見ます。
ウェットスーツメーカーの新たな試み
その名は「Mr.Zenny(ミスター・ゼニー)」。Chosの中で屈指の人気を誇る小銭入れです。鶏卵のような形と大きさ。表には半開きの目が刷られています。
口を模したファスナーを開けると、舌を出したもう一つのゼニーの顔がのぞかせる愛くるしい商品です。赤や青など全6色。税込み1404円で、市内の観光施設やネットで販売されています。 チョスの名は地元の方言「ちょす」に由来します。「触る」の意味で、「いつも身近に置いて愛用してほしい」との願いを込めました。有名アパレルブランドと組んで新しい意匠を取り入れるなど、浸透に余念がありません。
モビーディック社は創業1963年。以来半世紀、石巻を拠点に成長を続けてきました。手がける9割はオーダーメイド。仕入れた生地を型紙に合わせて裁断し、縫い合わせて立体に。 小さな穴や縫い残しが潜水士やサーファーらの命に直結します。潜水プールを構えて検品するなど、品質は「海上保安庁ご用達」の折り紙つきです。
「いい素材なのにもったいない」
丈夫な素材でも、裁断の過程で出た余りは長年、捨てられていました。「何とか活用したい」。端切れでボトルホルダーなどを作り始めると、消費者の反応は上々。しかし、余り生地の宿命から色やデザインはその時次第のため、市販化にあたっては専用の生地を使いました。
「ゼニーを旗頭に、Chosブランドを全国に広めよう」 意気込んだ矢先の11年3月11日、東日本大震災は起きました。内陸部にある本社は津波被害こそ免れたものの、沿岸部の協力工場2社が全壊。停電もあり、製造はストップしました。 生産再開は4月に入ってから。潜水着は当時、不明者の捜索や復旧工事の現場などから引く手あまたで、「アクセサリーなんて…」という雰囲気でした。 福音は意外なところから舞い込みました。 「仮設住宅に住む人たちが、仕事がなくて困っている」。菊田さんはひらめきました。生地の接着、製品の検品・梱包などを約40人の仮設住宅入居者に託したのです。自宅で作業する人、工場で打ち込む人。「みな力強い助っ人。被災した方には再起の一助になればと思いました」。ゼニーは被災者と共に、息を吹き返しました。