日米広がる年俸格差 小林至教授が解説「売り上げが違う」 MLBはNPBの8倍以上
日米のプロ野球選手の年俸格差の拡大が止まらない。ドジャース・大谷翔平投手(30)の今季年俸は後払いも含めて7000万ドル(決定時約101億5000万円)と桁違いで、今オフも巨人から海外FA権を行使した菅野智之投手(35)がオリオールズと1年1300万ドル(約20億円)の巨額契約を結んだ。史上3人目の東大卒プロ野球選手で、ソフトバンクで取締役も歴任した「野球の経済学」の著者、桜美林大・小林至教授(56)が解説した。 (取材・構成=神田 佑) 大リーグの年俸は90年以降、青天井で上がり続けている。日本で91年オフに落合博満氏(中日)が日本人初の年俸3億円プレーヤーになったが、大リーグで当時の最高がドジャースのダリル・ストロベリーの380万ドル(当時約5億円)と大きな差はなかった。今年のNPB日本人最高年俸はヤクルト・村上と巨人・坂本の6億円で、大谷の約101億5000万円とは約17倍もの差が開いている。 大リーグの平均年俸は、91年の約85万ドル(約1億1495万円=当時の為替レート)から、23年に452万5719ドル(約6億3360万円)と過去最高を更新した。今季開幕時は498万ドル(約7億5198万円)とさらに上回り、34年間で6倍以上になった。NPBの平均年俸は91年の1688万円から、今季は過去最高ながら平均4713万円と約3倍増止まり。なぜ日米でこれほどまでに格差が広がったのか。 小林教授は「売り上げが違うから、に尽きる。米国のマーケットは大きい。円安も影響している」と説明した。米経済が好調なため企業の広告出稿が盛んで、全体で収入が伸びている。一方、日本経済は下り坂だ。大リーグの年間総売り上げは約1兆7000億円で、日本は小林教授の推定値で約2000億円。8倍以上差があり、メジャー契約選手の最低年俸70万ドル(約1億1000万円)を維持できる要因とした。 ◇小林 至(こばやし・いたる)1968年(昭43)1月30日生まれ、神奈川県出身の56歳。東大を経て、91年ドラフト8位でロッテ入団。93年の退団後に7年間米国に在住し、コロンビア大学で経営学修士号(MBA)を取得。02年から20年まで江戸川大で助教授、教授を務め、05年から14年までソフトバンク取締役を兼任。現在は桜美林大教授。YouTube「小林至のマネーボール」を展開中。 ≪テレビ放映権料 MLB6000億円、NPB300億円≫球団の収入源は主に「テレビ放映権料」、「チケット収入」、「グッズ売り上げ」、「スポンサー料」で、いずれも日米で大きな差がある。中でも高騰する放映権料が収入を伸ばしている。小林教授は「放映権収入はMLB全体で約6000億円。NPBは推定値で約300億円」と約20倍もの差を示した。 日本は地上波やBSで無料で野球中継を視聴できるが、「米国はお金を払わないとテレビが見られない。高額な放映権を支えているのがケーブルテレビの仕組み。月に(家庭で)2万~3万円払う」。日韓台、中南米でも人気があり、海外に販売できる強みもある。 契約形態は2つで、MLB機構が各大手テレビ局と結ぶ「全国契約」と、各チームが地元テレビ局と独自に結ぶ「地域限定契約」。MLB機構が得た収入は、全30球団にほぼ均等に分配される。そのため、低迷する人気の低い球団も高額な放映権収入が得られる。 ≪新たな収入源「動画配信サービス」≫高騰した放映権料の未払いで、23年に米ローカル中継局「バリースポーツ」が経営破綻した。エンゼルス、パドレスなど14球団を中継していた。小林教授は「日本と同じで、米国もテレビ離れが凄いスピードで進んでいる。ケーブルテレビ契約者数が激減している」と背景を明かす。一方で、定額の「動画配信サービス」が新たな収入源となっている。テレビだけでなくスマホでも視聴可能で需要を得ている。「ストリーミング(動画配信サービス)の台頭でケーブルテレビの仕組みは崩れましたが、収入は相殺された。MLB全体では落ちていない」と説明した。 ≪年間チケット収入 MLB7000億円、NPB700億円≫チケット収入も伸びている。大リーグ全体で今季7135万人を動員し、1試合の平均観客数は2年連続増加して2万9568人だった。もっともNPBは今季、セ・パ公式戦の入場者数は過去最多を更新して2668万1715人。1試合平均は3万1098人と大リーグを上回った。 だが、小林教授は「チケットの単価が全然違うんですね」と指摘する。レギュラーシーズンで「MLBのチケットが平均1万円くらい。日本は平均5000円いかない」と半額以下と算出した。大リーグ全体の年間入場料収入は、放映権料より約1000億円多い約7000億円。NPBでは「700億円と推定しています」と10倍の差を見積もった。ポストシーズンではチケット価格がさらに高騰する。ワールドシリーズのチケットは平均30万円、日本シリーズは1万円弱と算出し「4万人来場するとワールドシリーズが120億円で、日本シリーズが4億円」と1試合だけで116億円もの収入差を示した。 ≪グッズ収入はMLB機構が管理≫「グッズ収入」も球団の柱だが、小林教授は「そんなに大きくない」と明かした。グッズはMLB機構が管理し、定価(売値)の12%が同機構に入るという。「レプリカユニホームを1枚1万円で売って、MLBに入るのは1200円。それをMLBと選手会で600円ずつ折半する」と説明。収入は30球団に均等分配されるため「大谷選手のユニホームを1枚売って、ドジャースに入ってくるのは20円」と例を挙げた。 ≪ドジャース「大谷効果」絶大≫ドジャースは10年総額7億ドル(決定時約1015億円)で契約した「大谷効果」で大幅増収したという。「プレーオフを除いても70億円くらい増収している。日系企業の収入が50億円以上は入っている。プレーオフ以降もお金は入ってくる。売り上げの中で簡単に(大谷の契約金を)消化した」と見積もった。小林教授によるとドジャース戦の米国内での視聴者は主にロサンゼルスに限られるため1試合平均30万人で、日本では約500万人と大きく上回る。 観客動員数も年間394万人で13年から無観客の20年を除き11年連続でメジャートップと好調で、さらに日系企業と次々結ばれたスポンサー契約が増収をもたらした。 ≪23年からユニホームの広告解禁≫大リーグでは23年から新たな財源ができた。MLB機構と選手会が合意した労使協定で、ユニホームの広告が解禁された。ヤンキースはニューヨークが本社の保険会社「スターインシュアランス」と袖広告などのパートナー契約を締結。契約期間は31年までで、MLBの袖広告としては最高額となる年平均約2500万ドル(約35億円)になるという。NPBでは01年からユニホームへの商標広告が認められ、現在では年間3~5億円の価値とみられる。