石破茂新首相の「特急こだま」語りに隠れた「楽しそうな鉄オタ話」以上の深い意図
動力近代化
さらにアメリカでは原子力による発電が進められ、日本も1955年に原子力基本法が成立して原子力発電の道筋が開かれていた。国鉄は原子力機関車の研究も進めており、この研究は最終的に「原子力機関車を開発・製造するよりも、原子力発電で電気を生み出して、その電気で鉄道を動かした方が効率的」という結論に至って研究・開発を終了したが、国鉄が脱石炭を進めるために多くの選択肢を視野に入れていた傍証にもなっている。 国鉄は動力近代化の初手として、東海道本線・上越線・奥羽本線といった長距離需要が高く、石炭使用量を大幅に削減できる路線から電化に着手した。1956年には東海道本線の全線電化が完成し、電気機関車が牽引する特急「つばめ」と「はと」が運行を開始した。 当時の国鉄は、先頭車両の機関車が客車を牽引する動力集中方式の技術開発に取り組んでいた。これは海外に倣ったもので、特急「つばめ」と「はと」も電気機関車が牽引する特急列車だった。 しかし、日本の鉄道に動力集中方式は馴染まなかった。それに気づいた鉄道技術者たちは動力集中方式から、複数の車両に動力装置を取り付ける動力分散方式へと開発方針を切り替えていく。 これは、国鉄が電気機関車から電車を走らせる研究開発にシフトチェンジしたことを意味する。それまでの技術では電車は騒音が大きいゆえに、長時間にわたって乗車するには不向きと考えられていた。 国鉄の技術者たちは騒音の問題を軽々とクリアし、1958年には東海道本線に電車特急「こだま」が走り始める。石破氏はXにも、模型を手に電車特急「こだま」を語る動画をアップしている。地元・鳥取県を走る寝台特急「出雲」に触れることは自然だが、石破氏が特急「こだま」に触れる必然性はない。
なぜ「こだま」に触れたのか
なぜ、石破氏は動画内で特急「こだま」に触れたのか? これまで筆者は多くの政治家を取材してきた。石破氏が鉄道を語る場面を何度も目撃している。石破氏の取材で、もっとも強く印象に残っているのは千葉県千葉市の幕張メッセで開催されたニコニコ超会議でのトークだ。 当時、自民党幹事長だった石破氏は超会議に2013年と2014年の2回も視察で足を運んでいる。ニコニコ超会議には各政党がブースを出展して、党勢拡大や党員を増やすための勧誘をしている。自民党もブースを出展しているが、石破氏は来場者にカレーライスを手渡しするなど有権者と触れ合って自民党への支持を呼びかけていた。 こうした党務のほか、自衛隊ブースや海洋研究開発機構が展示していた有人潜水調査船「しんかい6500」などを見学し、さらに超鉄道のブースにも足を運んだ。 永田町屈指の鉄道マニアだけあり、2年連続で超鉄道ブースに立ち寄って鉄道模型を大名買いした。 超鉄道はミュージシャンの向谷実さんがプロデュースしており、向谷さんは石破氏が超鉄道のブースに現れたのを見つけて2013年と2014年どちらもステージに登壇してもらっていた。壇上に立った石破氏と向谷さんは軽妙なトークを交わし、その内容はディープだった。時折、ステージを取り囲む鉄道マニアからも唸るような声が漏れることもあった。 石破氏がアップした動画内では、電化や動力分散方式といった小難しい話に触れていない。しかし、特急「こだま」が鉄道史におけるエポックメイキングな電車であることは鉄道マニアだったら誰もが知っている話で、それを鉄道マニアではない視聴者にも何とか伝えたかったのだろうと推測できる。