STAP細胞問題 アメリカでの改革に学ぶことはできるか?
米でも7割弱が「不正による」論文撤回
「研究不正」と「再現性」の問題は、生命科学研究の本場であり、小保方氏も留学していたアメリカでも、厳しく問われ続けています。 学術雑誌で一度は公表された論文が「撤回」される場合、それは意図的ではないミスによるものだと信じられています。しかしある研究者らが、医学・生命科学系の論文データベース「パブメド(PubMed)」に登録され、そして撤回されたとされる論文2047本を調査したところ、ミスによる撤回はわずか21.3%でした。それに対して、全撤回のうち67.4%は「不正」に起因するものであるとわかりました。 その内訳は「虚偽」または「虚偽が疑われる」ものが43.4%、「多重出版」が14.2%、「盗用」が9.8%でした(PNAS 109(42), pp. 17028-17033, 2012)。しかもそうした論文が数多く掲載された雑誌トップ10には、小保方氏らの論文が載った『ネイチャー』やそのライバル誌『サイエンス』、そしてその調査報告を2012年に掲載した『米国アカデミー紀要』も含まれています。『ネイチャー』のニュース欄はそれを報じました(Nature 490, p.21, 2012)。
米の「研究公正局」は最善か?
一方、世界的なゲノム学者であり、NIH(国立衛生研究所)所長のフランシス・コリンズらは「科学的な不正によって再現性が損なわれているという証拠はない」と指摘します。彼によれば、「2011年に保健福祉省の「研究公正局」が追及した不正はわずか12例だった」とのことです(Nature 505, pp. 612-613, 2014)。しかし彼はそのうえで前臨床研究、いわゆる動物実験研究で、論文通りに実験しても論文通りの結果が出ない、という問題が多発していることを認め、NIHがその改善に取り組むことを表明しています。 今年の終わりまでには、ガイドライン的な文書がNIHのウェブサイトで公表されるといいます。そして「NIHの努力だけでは、このような不健康な環境を現実的に変化させるには不十分だろう」とコリンズは強調します。科学コミュニティ全体で努力しないと、こうした改善の試みは成功しない、ということです。 コリンズが引いた「研究公正局」とは、科学研究における不正行為などを監視する政府機関です。日本でも、研究公正局に当たる機関を設立せよ、との声は今後いっそう高まると思われます。しかし、アメリカでの議論を見ている限り、研究公正局を含む同国のやり方が最善であるとはいい難いでしょう。 最善でないものごとを最善に近づけるためには、日米だけでなく世界も、今回のSTAP細胞事件から学ぶことは間違いなく多いはずです。しかしまだ、その全貌の解明にはほど遠いようです。 (粥川準二/サイエンスライター)