混迷する徴用工・慰安婦問題 日韓双方の主張を整理する
《日本と韓国それぞれの主張》 2017年5月、文在寅大統領が就任してから財団による事業継続は困難になりました。文大統領は「日韓合意では元慰安婦の意見が十分反映されなかった」「不均衡な合意が一層不均衡になった」「政府間で最終的・不可逆的解決を宣言したとしても問題は再燃するしかない」などと表明しました。 さらに文大統領は、日韓合意の再検証を命じ、その結果「日韓合意は手続き上も内容上も重大な欠陥があったと確認された。両首脳の追認を経た政府間の公式的な約束という重みはあるが、この合意では慰安婦問題は解決されない」などと表明しました。 そして2018年11月、「和解・癒やし財団」は解散され、事業は終了することが発表されました。しかし、日本政府が拠出した10億円のうち未執行分(半分くらいとも言われています)は、あくまで本来の目的に充ててもらわなければなりません。この点では、韓国政府も日本側に返還するのでなく、使途を検討中です。 財団の解散は深刻な問題です。河野外相は「韓国政府が、すでに実施に移されている合意を変更しようとするなら、日韓関係が管理不能となり、断じて受け入れられない」と指摘し、検証結果と文大統領の発言を明確に拒否するとともに、あくまで合意に従って解決を図ることの重要性を強調しました。当然の発言だったと思います。
◎今後の展望
「慰安婦」問題も「徴用工」問題も被害者の人権にかかわることであり、日本は誠実に対応してきました。今後もできる限りの努力をするべきことは当然です。 一方、韓国側は、特に文在寅大統領が国際法についてあいまいな態度をとっていることが問題を悪化させている根本的な原因だと思います。1965年に両国間で締結された「基本条約および請求権協定」は順守しなければなりません。それは国際法に照らしても、国際社会の常識からしても当然のことです。これを無視したり、軽視したりすることはできません。 また、請求権の問題は奥が深く、「慰安婦」や「徴用工」の問題に限りません。いわゆる「創氏改名(そうしかいめい)」で朝鮮人に新たに「氏」を創設させたことが強制的であったかどうかについては論争がありますが、かりにそのために精神的苦痛を被ったとして韓国人が賠償を要求すれば「請求権」の問題になり得ます。請求権協定は、そのような問題は政府間で一括解決するしかないと日韓双方が判断して締結されたものです。請求権問題の扱いを誤ると日韓関係は甚だしい混乱に陥り、「協定」が結ばれた1965年以前の状態に戻ってしまう危険もあります。韓国政府にはこの点を明確に理解し、請求権協定を尊重してもらわねばなりません。 ただし、日本としては国際社会の動向には十分注意し、国際社会から評価される方法で日本としての主張を展開しなければなりません。日本では残念ながら、被害者の尊厳を無視するような発言がかつてありました。例えば国連の女子差別撤廃委員会では「日本の指導者や公職にある者が、慰安婦問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう」との勧告が行われたこともあります。国連など国際社会における状況は日本にとって決して有利ではありません。日本としては、今後このような指摘を受けないよう十分注意していく必要があります。そのための大前提として、女性の人権などの問題を改善していく取り組みも合わせて必要でしょう。
-------------------------------------- ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹