2024年の宇宙活動を振り返る【日本編】–H3成功やSLIM月面着陸、宇宙戦略基金の本格始動(秋山文野)
2024年の最後に、日本の宇宙活動分野ではどのような出来事があったのか振り返ってみよう。科学衛星の成果で幕を開け、基幹ロケット開発と衛星の活躍に進展があった日本は、有人宇宙探査に向けた議論も進んだ1年となった。 【宇宙輸送】 H3の運用開始 2月17日、新型液体基幹ロケット「H3」ロケット試験機2号機(H3 TF2)の打ち上げが成功した。H3ロケットは、JAXAと三菱重工業が2014年に開発を開始した、H-IIAを引き継ぐ液体燃料ロケットHシリーズの最新型だ。液体水素・液体酸素を推進剤とする1段主エンジン「LE-9」を2基または3基搭載し、6.5トン以上の静止衛星など大型の衛星を輸送できる。 本来は2020年に初飛行を計画していたが、1段主エンジンをH-IIA/Bの「LE-7A」からLE-9に切り替える開発が難航したために2回の延期を経て、2023年3月7日に試験機1号機の初飛行を行った。しかし、2段の電気系統でトラブルが生じ、飛行を中止したため搭載していた先進光学衛星「だいち3号(ALOS-3)」を喪失した。2023年にH3プロジェクトチームは、2段フライトコンピュータで発生した事象に対して、複数の要因に手を打つ形で対策をまとめ上げ、約1年で飛行再開(Return To Flight)にこぎつけた。 H3 TF2にはもともと先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」を搭載する予定だったが、リスクを避けるために質量を模擬した「ロケット性能確認用ペイロード(VEP-4)」搭載に切り替え、さらに2機の相乗り小型副衛星を公募した。打ち上げではVEP-4の分離と副衛星の軌道投入にも成功し、H3の運用開始に目処をつけた。 7月1日には、H3運用3号機でだいち4号を高度628km、軌道傾斜角97.9度の太陽同期準回帰軌道に投入することに成功した。地球低軌道(LEO)への打ち上げ能力に続き、11月4日にはH3ロケット4号機でXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」の静止トランスファ軌道への打ち上げに成功。政府系衛星を所定の軌道に投入できる能力を実証した。 今後は、エンジン3基で固体ロケットブースタを使用しない「H3 30形態」の飛行試験(2025年度予定)と、LE-9エンジンの完成形である「Type 2A」エンジンの開発を続け、H3ロケットの運用形態を充実させる。H-IIAからH3へ、空白期間を作らずに移行が叶った。H-IIAロケットは最終号機の50号機が2025年度に延期となるが、温室効果ガス・水循環観測技術衛星「GOSAT-GW」を搭載して打ち上げられる予定だ。 イプシロンSの開発難航 もう一方の基幹ロケットである固体ロケット「Epsilon S(イプシロンS)」は開発が難航している。2023年7月に発生した、イプシロンSの新型2段モータ「E-21」の地上燃焼試験の失敗を受けて、試験地を秋田県から鹿児島県の種子島宇宙センターに移し、11月26日に2段の地上燃焼試験を行った。しかし、燃焼圧力が計画値よりも高くなる、燃焼ガス(固体燃料が燃焼した後のガス)が機体から漏れるなどの事象が発生し、試験は再び失敗した。 12月現在、イプシロンロケットプロジェクトチームはIHIエアロスペースと共にFTA(故障の木解析)を展開して調査を継続中だが、2024年度中には実証機を打ち上げられなくなった。実証機に搭載を予定していた地球観測衛星「LOTUSAT-1」、続く「革新的衛星技術実証4号機」打ち上げの目処は立っていない。 基幹ロケットの方向性 H3ロケットの運用が始まった7月、今後の基幹ロケットの方向性を検討する議論が始まった。これまで20年に1度程度の新型ロケット開発で技術をつないできた基幹ロケットに、「ブロックアップグレード」という段階的強化の方向性が示されている。 2025年度から始まる最初の「アップグレード1」では、複数の小型衛星をロケットに搭載して打ち上げる「ライドシェア」型のミッションにも対応できる複数衛星の搭載機構開発を始める。世界で高まる衛星コンステレーションの需要にも対応していく方針だ。 アップグレード2では、低コスト化、量産化、打ち上げ高頻度化を目指し、アップグレード3では次期基幹ロケットに向けた能力強化を始める。打ち上げ高頻度化、再使用技術の飛行実証、ロケット1段の機体を複数束ねたヘビーリフターと呼ばれる大型化などを目指す。米SpaceXや仏Arianespaceなどが進めるブロックアップグレード方式を日本も取り入れ、2030年代にはシームレスに「次期基幹ロケット」につながるという方向性だ。 民間ロケット 2023年から始まった文部科学省による民間ロケット開発支援の中小企業イノベーション創出推進事業(SBIR)フェーズ3「民間ロケットの開発・実証」事業では、2年目に入って当初4社の採択企業がステージゲート審査を迎えて3社に絞り込まれた。インターステラテクノロジズ(令和8年3月末までフェーズ2交付額上限:46.3億円)、将来宇宙輸送システム(令和8年3月末までフェーズ2交付額上限:50.0億円)、スペースワン(令和8年3月末までフェーズ2交付額上限:12.3億円)が支援される。 3社のうち、インターステラテクノロジズはメタンを燃料とする液体ロケット「ZERO」を、将来宇宙輸送システムはメタンを燃料とする「ASCA」を、スペースワンは固体燃料ロケット「カイロス」を開発している。SBIRフェーズ3民間ロケット事業は、2026年4月に2回目のステージゲート審査を行って、さらに2社に絞り込まれ、2027年度中までにロケットの実機製造と飛行実証を完了することが求められている。 採択された企業の中で、すでに飛行実証まで進んでいるのがスペースワンだ。和歌山県に専用の射場を持ち、3月に固体燃料3段式+液体推進系キックステージの「カイロス」1号機打ち上げを実施した。このときは打ち上げ直後に自律飛行安全システムが飛行を中断し、機体は射場付近に落下、炎上した。12月には企業や大学などの超小型衛星を搭載して2号機を打ち上げたものの、およそ3分後に姿勢の異常から飛行を中断、衛星の軌道投入に失敗した。今後は、打ち上げ実証の成功を目指して3号機以降の開発を進めることになる。 【衛星】 地球観測衛星の活躍 1月1日に能登半島を中心とする北陸地域での大地震を経験した2024年は、防災インフラとしての衛星の重要性が改めて注目された年となった。能登半島地震では、打ち上げから10年目を迎えるJAXAの先進レーダ衛星「だいち2号(ALOS-2)」が、発災当日の深夜に能登半島の大部分を緊急観測。輪島市西地区など西側の地域で主に発生した4mにもおよぶ海岸線の隆起など、合成開口レーダによる地形の変化を捉えた。 小型衛星の民間企業であるアクセルスペース、Synspective、QPS研究所、衛星データ解析企業パスコなどもALOS-2の観測に呼応してさらに高精細な観測とデータ公開を行い、官民の連携による災害対応の動きが見られた。データと解析結果は、JAXA、国土地理院、防災科学技術研究所(防災クロスビュー)などのウェブサイトで公開され、研究や訓練用の利用も始まっている。12月には「衛星地球観測の官民連携による災害対応訓練(防災ドリル)」が実施され、2025年以降に結果の報告が行われる。 H3の運用が始まり、最初に打ち上げられたのは、先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」だ。ALOS-4は運用中のALOS-2の後継機となるLバンド合成開口レーダ衛星。SAR衛星とは、アンテナから電波(マイクロ波)を発射して、地表で反射した電波を同じアンテナで受信して地表の様子を調査する。ALOS-2で南北方向に幅約50kmだった観測範囲(観測幅)は、ALOS-4で4倍の約200kmまで向上した。能登半島全体、九州のほぼ全域など広範囲を一度に観測することができ、日本列島全体を観測する頻度が年に20回以上に向上した。当面はALOS-2と4の2機体制で、同じ種類のデータを取得できるようになり、利用の加速が期待される。ALOS-4は2025年1月以降に定常運用に移行しデータ提供を開始する計画だ。 5月には、JAXAと情報通信研究機構(NICT)、欧州宇宙機関(ESA)が共同で開発した雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE(はくりゅう)」が、SpaceXのFalcon 9ロケットで打ち上げられた。日本側が提供した雲プロファイリングレーダは雲の内部を3次元的に観測することができ、降雨のメカニズムの解明に役立つ。豪雨災害も多い日本にとって、気象現象を解明する宇宙の目が増えることになる。 これから打ち上げられる衛星 2024年後半には、2025年に打ち上げられる予定の衛星のお披露目も相次いだ。11月には準天頂衛星「みちびき」6号機、12月には国際宇宙ステーション補給機「HTV-X」のサービスモジュールが開発元の三菱電機で公開された。 「みちびき」6号機は、準天頂衛星だけで日本周辺に測位信号を提供できる7機体制実現に向けた後半の要の衛星だ。2025年には続いて5号機、7号機が打ち上げられ、7機の準天頂衛星が揃うことになる。またHTV-Xは、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給だけでなく、ISS退役後の民間宇宙ステーションの時代を見据えた日本の新たな宇宙輸送手段だ。さらに物資輸送ミッション後に宇宙実証プラットフォームとして超小型衛星の放出や材料、センサ実証などを独自に実施する能力を持っている。 【探査】 X線分光撮像衛星「XRISM」 2024年は、X線分光撮像衛星「XRISM」が初の観測(ファーストライト)に成功した成果報告で幕を開けた。XRISMは地球の大気に吸収されてしまい地上には届かないX線を観測し、ブラックホールや超新星残骸、銀河団など、X線を発する宇宙の高温、高エネルギー現象を解き明かす「X線マイクロカロリメータ」を搭載した衛星だ。 X線マイクロカロリメータはこれまで何度も挑戦しながらも2000年の「ASTRO-E」の打ち上げ失敗、後継機「ASTRO-EⅡ(すざく)」の冷凍機のヘリウム漏れと苦闘が続き、2016年には「ASTRO-H(ひとみ)」を打ち上げからわずか1カ月で喪失するという厳しい経緯があった。23年目にして健全な状態の衛星が本格的な観測を開始し、XRISMプロジェクトチームPI(研究主催者)の田代信特任教授は会見で満面の笑みを見せた。 SLIMの成果と課題 1月20日には、小型月着陸実証機「SLIM」が月面に精度100mの目標を大きく上回る60m程度というピンポイント着陸に成功した。民間が開発したものも含め、2機の超小型ローバの分離に成功、ローバのうち「SORA-Q」の愛称を持つ「LEV-2」は想定外のスラスタ側を上に向けて着地した探査機の姿を撮影し送信した。観測目標である月面のレゴリスの撮像や、設計上は想定外だった月の2週間の夜を乗り越える越夜にも3回成功し、今後の月探査へ大きな知見を残した。 SLIMミッションには、ひとつ不安な要素もあった。着陸直前に発生したメインエンジンからのノズル脱落だ。12月には、プロジェクトチームからミッション報告と共にこのトラブルの原因が報告された。 SLIMは、推進剤込みで200kg程度という軽量化のため、メインエンジンに供給する推進薬の圧力を一定に保つ装置を備えていない。ミッションが進行すると推進薬の圧力は徐々に下がっていくが、着陸直前のタイミングでは全12台の補助スラスタのうち相当数が姿勢制御のため噴射をしており、メインエンジンへの推進薬供給の圧力が下がってしまった。このため、脱落した方のメインエンジン(「-X」、太陽電池パネル側から見て右側)が着火せず、推進薬がエンジン内に残った状態となっていた。補助スラスタが噴射を終えた後、推進薬が多く残った状態でメインエンジンに着火した結果、通常よりも大きな着火の衝撃で-X側のノズルがもぎ取られたように脱落してしまったというものだ。 機体の軽量化やミッション終盤、多数のスラスタ、メインエンジンを同じタイミングで使用という条件が重なった結果とはいえ、月面着陸のみならず今後の他のミッションに引き継ぐべき経験となった。プロジェクトチームでは今後JAXA内外の関係者への情報共有を進めていくという。 小惑星探査で積み上げた知見を生かす 10月には、欧州宇宙機関(ESA)が開発した二重小惑星探査計画「Hera」にJAXAが開発した熱赤外カメラ「TIRI」が搭載され、二重小惑星ディディモスとディモルフォスに向けて航行を開始した。 TIRIは小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載された熱赤外カメラ「TIR」の技術を引き継ぐ機器で、小惑星の熱変化などを明らかにする目標となっている。小惑星ディディモスは2022年にNASAの探査機DARTが意図的に衝突し、小惑星の軌道を変えて将来の地球への天体衝突に備える「プラネタリーディフェンス」の実験場となった天体だ。HeraとTIRIは衝突から数年たった小惑星の状態、衝突クレーターの詳細やディディモスの性質などを詳細に調査し、国際的なプラネタリーディフェンスの知見を積み重ねる目的を持つ。欧州の探査機への観測装置提供の形とはいえ、日本の小惑星探査の活動はプラネタリーディフェンスという目標へ向かって続いている。 8月には、2023年にNASAの小惑星探査機OSIRIS-RExが小惑星ベンヌ(ベヌー)から採取した表面物質のサンプルがJAXA宇宙科学研究所に届けられた。同じ有機物に富む小惑星のサンプルを協力する日米の2カ国が交換し、研究することは「はやぶさ2」のミッションの上に築かれたもうひとつの成果だ。 有人月面探査に向けて 4月には、盛山正仁文部科学大臣(当時)が訪米し、NASAのビル・ネルソン長官と「与圧ローバによる月面探査の実施取り決め」に署名した。この取り決めには、日本が開発する有人与圧ローバを国際宇、宙探査画「アルテミス計画」へ提供・運用することで、NASAは将来のアルテミスミッションにおいて日本人宇宙飛行士の月面着陸機会を2回提供することとなった。 日本は米国に続いて世界で2カ国目の月面着陸を経験する国となる方向だ。アルテミスミッションの実施時期については、月周回飛行の「アルテミスⅡ」が2025年から2026年へ、有人月着陸再開の「アルテミスⅢ」が2026年から2027年に延期となるなど、実施スケジュールの点では不安要素があるものの、着実な実施を求めて日本も有人与圧ローバの開発を進めていく必要がある。 10月には、2023年に宇宙飛行士候補者に選ばれた米田あゆさん、諏訪理さんが正式に宇宙飛行士として認定された。今後は米国を始め各国での訓練に参加し、国際宇宙ステーションへの滞在だけでなく月面活動なども目指していくことになる。 【政策】 宇宙技術戦略と宇宙戦略基金 日本が獲得すべき宇宙技術の民間開発に向けて「輸送」「衛星等」「探査等」の3分野で、民間企業や大学などが最大10年間、技術開発に取り組めるように設置された「宇宙戦略基金」の最初の公募が2024年夏に始まった。 第1期では合計で3000億円(総務省240億円、文部科学省1500億円、経済産業省1260億円)の資金が提供され、22テーマに対して12月末時点で14件の採択結果が発表されている。第1期では2023年に喪失した「だいち3号(ALOS-3)」に変わる光学地球観測衛星の開発や、衛星コンポーネントのサプライチェーン強化など比較的最近の課題に対応するテーマが並ぶ一方で、「採択者なし」となったテーマもあり、2025年から始まる第2期に向けた検討の課題となりそうだ。 宇宙戦略基金の基盤となる「宇宙技術戦略」のローリング(毎年の見直し)にむけて、民間による有人・高頻度宇宙往還機を含む次世代宇宙輸送システムを盛り込む方向も示された。長く議論されながら実現が遠かった有人宇宙船を日本が持つ足がかりを作ることができるのか、政策の方向性も注視される。
秋山文野