巨大ITが激しい開発競争…安全対策後回し、識者「ツケを払うのは一般市民」
対話型AIサービス「チャットGPT」が世界を席巻していた昨年3月。米非営利団体「フューチャー・オブ・ライフ・インスティテュート」(FLI)が出した公開書簡が世界の注目を集めた。
このまま開発を進めると、人間がAIを制御できなくなる恐れがある。巨大なAI開発を一時停止せよ――。この呼びかけに、実業家のイーロン・マスク氏、歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ氏ら多くの著名人が賛同し、署名に名を連ねた。
日本人研究者の名前もあった。「AIを拙速に世に出すことは混乱を招く。作る側、使う側が少し立ち止まり、様々な問題について考えるべきだ」(人工知能学会長の栗原聡慶大教授)。「AIとの対話は人間の知的活動に大きな影響を与える可能性がある。皆で考える必要があるのではないか」(ロボット研究者の中村仁彦東大名誉教授)。急速に普及する生成AIに、各分野の第一人者らは懸念を深めていた。
だが運動は短期間で急速にしぼんだ。オープンAIやマイクロソフト、グーグルが次々と新しいAIやサービスを投入。将来の巨大市場をにらんで開発競争は激しさを増し、株式市場は生成AIブームに沸いた。「資本の大きな動きの中で、公開書簡は非力だった」と中村氏は認める。
書簡公開からわずか4か月後、マスク氏は新会社「xAI」の設立を表明し、一時停止への賛同を事実上反故(ほご)にした。「ライバルと戦っているから、企業は開発を止めることができない。人間はやはり止められない生き物なのだ」。栗原氏は今、複雑な思いで開発競争を見つめる。
サービス投入を急ぐあまり安全対策が置き去りにされていないか。AI開発の当事者らにも危機感がにじむ。チャットGPTの爆発的な普及で世界最大級の新興企業になったオープンAIでは、主要幹部が次々と社を去っている。営利重視に傾く同社への反発が背景のようだ。