『侍タイムスリッパー』の快進撃は2024年の“事件”に “時代劇への愛”がもたらしたもの
『侍タイムスリッパー』と『SHOGUN 将軍』の共鳴
江戸時代で厳しい修行を積んできた侍が、テレビで観て感激した時代劇の作り手となり、殺陣のプロである剣心会(モデルは東映剣会)の関本(峰蘭太郎)の教えを受け入れて時代劇で活躍するという流れも時代劇へのリスペクトを感じさせる。 殺陣師の関本役は、当初「日本一の斬られ役」として知られる福本清三さんにオファーされていた。残念ながら福本さんは2021年にこの世を去ってしまい実現はかなわなかったが、役を受け継いだ峰蘭太郎は福本さんの墓前で手を合わせて報告したという。新左衛門がスターの風見に抜擢されるくだりは、斬られ役一筋だった福本さんがハリウッド映画『ラストサムライ』に抜擢されたエピソードと重なる。撮影所長の井上(井上肇)が呟く「絶対に誰かが観ていてくれる」というフレーズは福本さんが遺した言葉だ。福本さんが得意とした斬られ技「えび反り」も劇中で観ることができる。 時代劇を経て現代劇のトップスターになった風見のプロフィールは、ドラマ『SHOGUN 将軍』でプロデュースと主演を兼ねた真田広之と重なる。風見が記者会見で語った「自分を育ててくれた時代劇に対する恩返し」というフレーズは、エミー賞の受賞会見で真田が語った言葉とほぼ同一だ。『SHOGUN 将軍』のエミー賞受賞は『侍タイムスリッパー』の追い風になったはず。莫大な予算を投入して海の向こうで作られた『SHOGUN 将軍』と、わずかな制作費で作られた『侍タイムスリッパー』が同じ思いで共鳴していたのが面白い。 殺陣師の関本が劇中で嘆いたように、時代劇は誰が見ても斜陽であり、侍と同じく滅びゆくものだとして考えられていた。ところが2024年は時代劇に沸いた年でもあった。インディーズからヒットを飛ばした『侍タイムスリッパー』、世界的な評価を得た『将軍 SHOGUN』だけでなく、下半期には白石和彌監督による集団抗争時代劇『十一人の賊軍』と山田風太郎原作の『八犬伝』が公開されている。上半期には白石監督の『碁盤斬り』や人気シリーズの劇場版『鬼平犯科帳 血闘』もあった。 さらに2025年には、室町時代にアウトローたちが起こした一揆を描く『室町無頼』、江戸時代末期に疫病に立ち向かった町医者を描く『雪の花 ―ともに在りて―』が控えている。Netflixの『イクサガミ』も明治時代を舞台に侍たちがバトルを繰り広げる時代劇だ。 こうやって並べてみると、どれも意欲作であるのと同時に、時代劇にはあらゆる種類の物語を受け止める大きな器があることがわかる。まだまだ時代劇は捨てたものじゃない。『侍タイムスリッパー』はその号砲なのだ。
大山くまお