「イスラム国」の台頭から10年 組織は大きく衰退するも消えない懸念…大国の“脱対テロ”が助長する“小さな復活”
「イスラム国」の台頭から10年…
今月で「イスラム国(IS)」の台頭からちょうど10年となる。2014年6月、イラク北部モスルで初代IS指導者のアブ・バクル・アル・バグダディ氏がカリフ国家の建国を一方的に宣言したが、筆者の脳裏には今でも鮮明にその印象が残っている。 【画像】「イスラム国」が大量に発信していた外国人殺戮映像 ISはイラクとシリアの国境を跨ぐ形で広大な領域を実効支配し、その面積は最大英国の領土に匹敵するレベルだった。ISの支配地域では残虐な殺害行為や人権侵害などが繰り返され、ISはフェイスブックやユーチューブ、ツイッターなど最新テクノロジーを駆使し、犯行声明や犯行予告などについての動画や画像を驚異的なペースで配信し続けた。 ISは発信するコンテンツの中で欧米人など外国人を人質とし、殺害する動画や画像を公開し続けたことから、その脅威は瞬く間に世界中で強く認識されるようになった。2015年1月のシリア邦人拘束事件は、今でも多くの日本人の記憶に残っている。
流入した外国人戦闘員が母国でテロ
また、ISが諸外国の“同士”たちに参加を呼び掛けたことから、ISには多くの外国人とその家族たちが主にトルコ経由で流入した。その規模については複数のテロ研究機関が報告書を公開したが、70~100カ国くらいから3万~4万人がISに流入したと言われる。一部の報告では日本人9人も流入したというデータもあるが、それだけISの発信活動が大きな影響力を持っていたことを意味しよう。 そして、ISの対外的影響力は国際社会を震撼させることとなった。ISに流入した外国人戦闘員が母国にいる支持者たちと共謀してテロを実行する、ISの過激思想に感化された支持者や小規模グループが自発的にテロを実行する、ISに参加したメンバーたちが母国に帰ってテロを実行するなどという形で、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、ベルギー、スペイン、インドネシア.マレーシア、バングラデシュ、スリランカなど多く国でテロ事件が発生した。 2015年3月のチュニジア・バルドー博物館襲撃テロ事件、2016年3月のベルギー・ブリュッセル連続テロ事件、2016年7月のバングラデシュ・ダッカレストラン襲撃テロ事件、2018年4月のスリランカ同時多発テロというIS関連のテロ事件では、日本人も巻き込まれた。 それと同時に、「イスラム国シナイ州」「イスラム国東アジア州」「イスラム国西アフリカ州」「イスラム国ホラサン州」などという形で、東南アジアや南アジア、中東やアフリカなど各地域にはIS本体に忠誠を誓う武装勢力が次々に台頭し、ISは建国宣言から短い期間でグローバルなネットワークを持つようになった。