地下に広がる巨大空間 - 人類の根源に迫る実験施設「ハイパーカミオカンデ」
ハイパーカミオカンデが挑む“人類にとって根源的な問い”とは
■ハイパーカミオカンデが挑む謎 ■CP対称性の破れの測定 この宇宙が誕生したときには、物質と反物質(ある粒子に対して、質量や寿命などの性質が同じで、電荷のプラス・マイナスのみが反対の粒子(反粒子)で構成されている物質)が同じ数だけ生成されたはずであると考えられている。しかし、物質と反物質が出会うと消滅するにもかかわらず、現在の宇宙には反物質はほとんど存在せず、“通常”の物質が多く存在しているというパラドックスが起きており、自然界の成り立ちを知る上で未解明の大きな謎のひとつとなっている。 これが起こるには、物質と反物質の性質になんらかの違いがある必要があり、これを「CP対称性の破れ」と呼ぶ。ニュートリノについてもCP対称性の破れが存在する可能性が指摘されており、研究が続けられている。 ハイパーカミオカンデでは、茨城県東海村にある加速器「J-PARC」と協力し、ニュートリノ振動を観測し、ニュートリノと反ニュートリノについて、ある現象の起きる確率に差があるかどうか、つまりニュートリノにおいてCP対称性が破れているかどうかを検証することを目指している。 ■ニュートリノ質量の順番の決定 ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノには質量があることがわかったが、その質量はニュートリノ1、2、3の3つに分類されている。ただ、その質量の値や、どれがどれだけ重いのかといった順番はわかっていない。 ニュートリノ3がいちばん重い場合は「正常階層」と呼び、逆にいちばん軽い場合は「逆階層」と呼ぶ。この2つのうち、どちらが正しいのかが大きな謎となっている。 私たちの世界には4つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)が存在するが、宇宙誕生時の高温状態ではその4つの力は統一されていたと考えられている。こういった力の「統一」を説明する理論では、ニュートリノの質量階層は正常階層だと予言される。一方、宇宙と素粒子の起源を説明し、逆階層を予言する理論もある。つまり、ニュートリノの質量階層構造を決定することができれば、宇宙初期の様子を理解することができると期待されている。 また、質量階層構造の決定は、ニュートリノの性質の解明、とくにニュートリノと反ニュートリノの性質の違いの有無の解明においても、ひとつの不定性がなくなることから、実験精度の向上に大きく役立つ。 また、この宇宙に存在する鉄よりも重い物質は、すべて重い星が寿命を終えたときに起こした超新星爆発によって作られたと考えられているが、その生成過程においても、ニュートリノの質量階層構造が大きな影響を与えていると考えられている。 ■ニュートリノ天文学(宇宙ニュートリノの観測) 大質量の星が爆発する超新星爆発は、地球や人間の原材料になる重い元素を宇宙空間に放出する役割があることが知られているが、星が自身の巨大な重力に逆らって爆発できる仕組みはいまだにわかっていない。 そこでハイパーカミオカンデでは、超新星爆発の内部から飛来する大量のニュートリノを観測することで、時々刻々で変化する天体内部の様子を調べる。また、重力波望遠鏡「KAGRA」による重力波観測とも連携することで、爆発の仕組みまで解明できると期待されている。 さらに、宇宙全体の超新星爆発からのニュートリノを測定することで、星やブラックホール誕生の歴史の解明にも挑む。 ■陽子崩壊探索 ニュートリノの観測で大きな成果を挙げた初代のカミオカンデだが、じつはもともとはニュートリノの観測を目的としていたわけではなく、「陽子崩壊」という現象を捉えることを目指していた。 原子の中心にある原子核は、中性子と陽子という素粒子で構成されている。この陽子が安定かどうか、すなわち寿命があるのかどうかは、現在の素粒子物理学が直面する最大の謎となっている。 現在、多くの科学者が、物質に働く4種類の力のうち、「電磁気力」、「弱い力」、「強い力」の3つの力を統一的に説明するため「大統一理論」という理論を研究している。この理論は未完成だが、ほとんどの大統一理論では、陽子はいつか壊れる――「陽子崩壊」が起こると予言されている。この陽子崩壊が確認できれば、大統一理論の正しさを検証する鍵となる。 しかし、予測される陽子の寿命は、10の30乗年以上という途方もないものであり、宇宙の年齢である138億年すらも大きく超えるため、ひとつの陽子が壊れるまで観測し続けることは不可能である。 ただ、粒子の寿命というのは、最初にあった個数から壊れて1/2.72に減った時間を意味する。そのため、巨大な検出器の中に、たくさんの陽子を用意して観測することで、たとえ観測時間が短くとも、陽子の寿命を計ることができる。 現在スーパーカミオカンデでは、検出器内の純水中に含まれる7.5×10の33乗個の陽子を12年以上観測し続けているが、まだ陽子崩壊は観測されていない。そのため、陽子の寿命は少なくとも10の34乗年以上と見積もられている。 ハイパーカミオカンデは前述のように、スーパーカミオカンデの約10倍の体積をもつ。そのため、現在までのスーパーカミオカンデの結果をたった2年で追い越すことができ、さらに10年間の観測では10の35乗年まで見ることができる。 もし陽子崩壊が観測できれば、大統一理論の証拠となり、素粒子物理学のパラダイムシフトとなる。そして、「宇宙の物質は永遠ではない」という、宇宙の運命に対する問いの答えにもなる。 ■参考文献 ・ハイパーカミオカンデ概要 | ハイパーカミオカンデ ・研究内容 | ハイパーカミオカンデ ・ニュートリノ振動 | スーパーカミオカンデ 公式ホームページ ■ 鳥嶋真也 とりしましんや ■著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
鳥嶋真也