ノーベル平和賞、日本被団協に 被爆者証言が「核のタブー」成立に貢献と評価
アナ・ラムチャBBC記者、ジェイムズ・ランデイルBBC外交担当編集委員 ノルウェー・ノーベル委員会は11日午前11時(日本時間同日午後6時)すぎ、今年の平和賞を、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与すると発表した。被爆者の立場から世界に核兵器廃絶を訴えてきた活動を、高く評価した。 ノルウェー・ノーベル委員会のヨルゲン ・ヴァトネ・フリドネス委員長は、広島と長崎の被爆者による草の根運動の日本被団協が「核兵器のない世界実現を目指して努力し、核兵器は二度と使われてはならないのだと目撃者の証言から示したこと」を授賞理由とした。 フリドネス委員長は、1945年8月の原爆投下以降、「核兵器使用による壊滅的な人道的影響」の世界的認識を高めるための運動を通じて、核兵器の使用は道徳的に受け入れがたいのだという「核のタブー」として知られるようになった規範が成立したと説明。被爆者の証言がこれに大いに貢献したとたたえた。 「核兵器は二度と使ってはならない」という世界的な合意形成に、被爆者が語る個人的な経験やそれをもとにした教育運動が独特の役割を果たし、核兵器の拡散と使用に反対する動きを広めたとも、委員長は述べた。 「被爆者は、語りようがないものを私たちが語ることを、助けてくれる。考えようがないものを考えることも。そして核兵器がもたらす、理解を超えた苦痛と苦悩を理解することも、助けてくれる」と、委員長は強調した。原爆の被害者に言及する際には、「ヒバクシャ」と日本語の単語を使った。 フリドネス委員長はそのうえで、広島と長崎への原爆投下以降、80年近くにわたり戦争で核兵器が使われていないのは「前向きな事実」と評価し、日本被団協による被爆者証言をもとにした「傑出した努力」が、これをもたらした「核のタブーの成立に大いに貢献した」とたたえた。 委員長はさらに、「それだけに今またしても、核のタブーが圧力にさらされているのは、非常に心配だ」として、核保有国が核兵器を刷新しているほか、新しく核兵器を取得しようとする国々もあると指摘。「継続中の戦争の一環で核兵器を使うという脅しも、繰り返されている」とも述べ、危機感を示した。 それを踏まえて委員長は、「現時点の人間の歴史において、核兵器とは何なのか、私たちが再確認しておくのは意味のあることだ。核兵器はこの世界がかつて見たことのない、最も破壊力の強い兵器なのだ」と強調した。 日本被団協については、多くの被爆者証言を記録し、世論に働きかけ、国連やさまざまな平和会議に代表団を送り続け、「非核化が喫緊の課題だと世界が忘れないよう訴え続けた」とその活動をたたえた。 フリドネス委員長は、「いつの日か被爆者は、歴史の証人としていなくなってしまう」としたうえで、日本では被爆者の「経験とメッセージを伝え続ける新しい世代がいる」と評価。「その人たちが世界中の人たちを奮い立たせ、教育し、そうすることで、核のタブーの維持を助けている。人類の平和な未来には、核のタブーが前提条件なのだから」と述べた。 ■「夢のようだ」と涙 日本被団協の箕牧智之(みまき・としゆき)代表委員は授賞発表後、涙を流しながら「うそみたいだ」、「夢のようだ」と広島で記者たちを前に話した。 箕牧さんはまた、核兵器が安全をもたらすという考えを批判。核兵器があるから世界は安全だと言われてきたが、核兵器はテロに狙われる恐れがあると述べた。 昨年のBBCのインタビューでは、箕牧さんは被爆時わずか3歳だったが、今でも広島市内から逃れてきた人たちを見たのを覚えていると説明。「その日の午後、私の家の前をぞろぞろ人が歩いていた。みんな髪はボサボサ、服はボロボロ。履物のない人もいた」と話した。 1956年8月結成の日本被団協はその結成宣言で、「私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おうという決意を誓い合ったのであります。私たちは今日ここに声を合わせて高らかに全世界に訴えます。人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはなりません。破壊と死滅の方向に行くおそれのある原子力を決定的に人類の幸福と繁栄との方向に向わせるということこそが、私たちの生きる限りの唯一の願いであります」と表明している。 ■UNRWAへの反対署名も 日本被団協に平和賞を授与するというノーベル委員会の今回の決定をめぐっては、物議をかもすような選択を避けたとの受け止めもある。パレスチナ人を支援する国連のパレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が有力候補として検討されていると、広く取りざたされていたからだ。 UNRWAはパレスチナ自治区ガザ地区への人道援助で中心的な役割を担ってきたものの、昨年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃に関与した疑いがもたれ、職員7人が解雇されている。 UNRWAに平和賞を与えないよう求める署名には、1万2000人以上が署名している。 国際司法裁判所(ICJ)も有力候補とされていたが、同様の懸念が示されていた。ICJは現在、イスラエルがガザで集団虐殺(ジェノサイド)を犯したかどうか審理中で、すでにイスラエル当局に対してジェノサイド行動を控えるよう求める声明を出している。 ■核使用の恐れが戦場に影落とす今 日本被団協への平和賞授与は、異論が出ることは少ないだろうが、ウクライナと中東の両方での戦闘に核兵器が影を落としていることに、あらためて世界の注目を集める可能性がある。 ウクライナの全面侵攻を開始してからというもの、ロシアの指導部は繰り返し、西側諸国のウクライナ支援がロシアの受忍限度を超えれば、戦術核を使う用意があるとほのめかしてきた。 ロシアのこの威圧を受けて、西側諸国は紛争激化を懸念して、ウクライナへの支援を抑制する結果となっている。 中東においてはイスラエルが、イランが核兵器保有を目指していることへの恐怖を、自分たちの戦略の根底に据えている。ただしイラン政府は、そのような野心はないと否定している。 一部の国が核兵器の抑止力をうらやましく思っている今の時代において、核兵器を使うとはどういうことなのか、ノーベル委員会の今回の決定が、あらためて議論を呼ぶ可能性がある。 ノルウェー・ノーベル委員会によると、今年の平和賞の候補は個人197人と89団体からなる、計286人・団体だったという。 (英語記事 Japanese atomic bomb survivors win Nobel Peace Prize)
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