「ジャン = ルイ・トランティニャン」──連載:北村道子のジェントルマンを探して
数々の映画衣裳をはじめ、さまざまなメディアで衣裳デザインとスタイリングを手がけてきた北村道子による「現代のジェントルマン像」を探る連載。第7回は、俳優のジャン = ルイ・トランティニャンについて語る。 【写真の記事を読む】ジェントルマンを探して
1960-70年代、映画で必ず登場する代表的な男性といえば、フランス出身の俳優アラン・ドロン、ジャン = ポール・ベルモンド、そしてジャン = ルイ・トランティニャン(1930-2022)。なかでも、私がファッションで最も影響を受けた男がジャン=ルイ・トランティニャンです。彼だけが労働者階級ではなく、南部のヴォクリューズ県に実業家の息子として生まれ、大学で法律を専攻するんだけど、20歳の頃に演技と出合うんだよね。3人に共通するのは、私生活と映画の境目がないように感じさせること。いるだけで絵になるというか、当時のシネマスコープの画面をグラフィカルに構成する要素としてぴったりな役者たちだったから、ベルナルド・ベルトルッチといった名監督が起用したのではないかと思う。私はあの頃のフランスやイタリア映画をアートだと捉えているけど、トランティニャンはその一つの素材だった気がします。 トランティニャンは独特な存在で、何でもさらっとできる役者。スパイ役をやれば、仰仰しくなくこの人は本当にスパイだと思わせるんです。ベルトルッチの『暗殺の森』(1970)なんて、イタリア語に吹き替えられていてもまったく違和感がない。画面に出ている全員がファッショナブルで、監督のベルトルッチは天才だと思いましたね。 トランティニャンは、着ているものも顔もほとんど代わり映えしないのに、作品ごとにまったく違う人間に見える。私の中で、水とか空気みたいに存在している人ですから、『嘘をつく男』(68)でトランティニャンが演じた、相手によってどんどん語りを変えていく男なんて、まさに適役なんです。 晩年、引退していたトランティニャンをミヒャエル・ハネケがどうしてもと説得し、『愛、アムール』(2012)で復帰し、その後、『ハッピーエンド』(17)にも出演します。体が不自由になった妻を献身的に支えた夫の役って、センチメンタルになりそうなものだけど、トランティニャンは淡々といるから、臭わないんですよ。タバコを吸っているシーンでも、私はタバコの香りを知っているのにまったく臭ってこない。教室に一人、そういう存在いたでしょう? でも、数年経つと何かしら臭ってくるものじゃないですか。でもずっと無臭。身長も172cmと高くないのに存在感があるから、凝ったことをしなくても、ドレスシャツにパンツというさらっとした着こなしでキマる。そのスタイルも死ぬまでずっと同じなんです。 トランティニャンがよく着ていたのは、クリスチャン ディオール。映画の中の俳優は、誰かの洋服を着ているわけですが、彼の場合は私服に見えるほど映画に溶け込んでいる。それはきっと、ジャケットのカラーを直したり、タイのダブルノットを自らキュッと絞めたり、普通はフレームの外でやることを、ストーリーの中でしているからだと思う。計算したおしゃれじゃない。それを、フランス語で「エスプリ」と呼ぶのがよくわかります。 亡くなって悲しいかといえば、そこ まで悲しくもないんです。もはや好きとか嫌いではなく、永遠に不思議な存在です。75歳を超えても、彼のような俳優は、なかなか出会えないものです。 ジャン = ルイ・ トランティニャン 俳優 1930年、フランス出身。51年に舞台デビュー。『男と女』(66)で一躍有名になり、その後プロデューサーとしても活躍。73年には監督デビューも果たす。9年ぶりに映画に出演した『愛、アムール』(12)でセザール賞の主演男優賞を受賞した。 北村道子 1949年、石川県生まれ。30歳頃から、映画、広告、雑誌などで衣裳を務める。『それから』(85)以降、数々の映画作品に携わる。近書に、人気シリーズ『衣裳術』第3弾(リトルモア)がある。 WORDS BY TOMOKO OGAWA