〈総選挙 私はこう見る〉「オムレツができてから卵を割ろうとする者たち」 大澤真幸
政治家とは、必要なときに卵を割ることを引き受ける者のことである。「オムレツを作るには、誰かが卵を割らなくてはならない」は、「大事」を為し遂げるには、不人気だが必要な手段をとる人がいなくてはならない、ということを意味する西洋の諺である。今回の総選挙は、間違いなく、史上最低の投票率になるだろう。その原因は、そしてまた日本国民にとって不幸なことは、政治家たらんと立候補している者が誰一人として、卵を割る責任を引き受けようとしていなことにある。 現在の日本の状況において、卵を割る、とは具体的には何を意味しているのか。明らかである。それこそ今回の選挙の本来の争点であったこと、つまり消費税率の果敢な引き上げにほかならない。現在の日本の「国としての借金」は、GDPの二倍を越えている。とてつもない負債を抱えているのだ(あなたに、年収の二倍の借金があると想像してみよ)。消費税をいずれは--それほど遅くではない時期に--引き上げなくてはならないことは、小学生高学年以上の日本人の誰もが、少なくともまともな政治家ならば全員、理解していることである。社会保障の水準を現在並か、それ以上にしたければ、なおのことである。現在の日本の消費税率は、西欧の主要国に比べて著しく低い。来年の10月に消費税を10%にするということだって、アップの率は小さ過ぎるし、上昇のペースも遅すぎるくらいだったのだ。日本人は、将来的には、30%を越える消費税率を覚悟しておかなくてはならない状況にある。
消費税率の引き上げを延期すべきだと主張する者は(ということは、事実上、すべての立候補者ということだが)、景気を回復させることが先決だ、という。そして、税率のアップは、景気を悪くする、と。だが、日本人のほとんどがうすうすわかっているのに、王様の裸と同様に、口に出さないことは、もう二度とかつてのような経済成長はないだろう,ということである。現在のレベルをはるかに越える好景気など、もう望んでも、やってこないのだ。矢を三本放とうが、十本放とうが、的にあたらず、いや的に届かず、むなしく地面に落ちるだけだろう。当たりもしない矢を放っている間に、手遅れになる。そのときやって来るのは、日本経済の破局、具体的には誰にもコントロールできないハイパーインフレーションである(あなたの貯金の実質的な価値は、その瞬間に、何分の一にもなってしまう)。 今回の衆議院解散は、安倍政権の狡猾な奇手であった。しかし、それに対抗できない野党は、もっとだらしがない。安倍首相は「増税延期」を決定すると同時に、それに関して「民意」を問う、というかたちで選挙に打って出たのだった。野党はもともと、増税という「卵割り」を現政権に引き受けさせ、これをネタに、(増税反対を唱えて)人気をキープしようともくろんでいたために、安倍政権の奇手に効果的に対抗策をとることができない。増税の延期ならば、基本的には賛成だと言うほかないからだ。ほんとうは、野党は、現政権に対して、「お前が卵を割る勇気がないのなら、俺が割ろう」と主張すべき---衆院解散よりも前からそのように主張しているべき--だったのである。卵を割る責任から逃げ腰になっている政権担当者に対して、野党は、積極的にそのポジションを奪いにいかなくてはならなかった。