〈総選挙 私はこう見る〉「オムレツができてから卵を割ろうとする者たち」 大澤真幸
この際だから、もう一言、付け加えておこう。ほとんどの論者が、増税は、消費意欲を低下させ、経済成長に対してマイナスだ、という趣旨のことを述べている。ほんとうなのか、私は疑問に思っている。まず、純理論的には、増税が経済成長の脚を引っ張るということは、ありえない。徴収された税は、政府の金庫にしまっておくわけではなく、政府が使うことになるからだ。つまり、増税しても、有効需要は下がらない。むしろ、「小さな政府」にすることは、たとえば一部の公務員が解雇されるなど、有効需要の低下につながるだろう。 たとえば、先月発表された、日本の第3四半期のGDPの減少。これを、消費税率の引き上げのせいだと見なす人が多いが、それは違う。確かに、第2四半期のGDPの低下は、消費税率が5%から8%に引き上げられたことが原因だっただろう。しかし、消費税率の上昇が成長率の低下の原因ならば、第3四半期には、GDPが大きくリバウンドしたはずだ(実際、過去の消費税率の導入や引き上げのときにはそうだった)。第3四半期に入ってもなおGDPの低下が進むのは、消費税率の引き上げとは別のところに経済不振の原因がある、ということを示している。その原因は何か。
もちろん、直接の原因は、日本人の消費への意欲が小さく、内需が大きくならないからだ。しかし、なぜ? 私の考えを言おう。不安だからである。消費すること、特に高い物を買うことには勇気がいる。将来に不安があるとき、人は、消費に対して消極的になる(貯金するほうを選択する)。景気は、今後もさしてよくならず、自分の給料はほとんど上がらないだろう(運が悪ければ、リストラされるかもしれない)。年金や医療といった社会保障に関しても不安がある。このような不安があるとき、人は消費への勇気を失う。 日本人を消費へと向かわせ、内需を拡大するにはどうしたらよいのか。そうである。増税によって財源を確保し、国民一人ひとりの将来が安全であることを説得的に示すしかない。日本人は、今、「私が卵を割るので、皆さんは必ずオムレツを食べることができる」と請け負ってくれる政治家を待望している。 景気回復を待って、消費税率を上げるということは、オムレツを食べてから卵を割る、と言っているようなものだ。まず卵を割らなければ、絶対にオムレツはできあがらない。 ---------------- 大澤真幸(おおさわまさち) 1958年、長野県松本市生。社会学博士。東京大学大学院卒。千葉大学助教授、京都大学大学院教授等を歴任。個人思想誌『Thinking「O」』主宰。著書に、『ナショナリズムの由来』、『〈世界史〉の哲学』(古代篇・中世篇・東洋篇)、『不可能性の時代』、『夢よりも深い覚醒へ』、『問いの読書術』、『ふしぎなキリスト教』(共著)等。