【ラグビー】明治のフッカーを生きる。山本文士郎[明大4年/HO]
「たしか僕ら(リザーブのフロントロー)が入って、2本目だったと思います。そもそも組む回数も少ない中で、最後のワンプレーで、いちばんいいスクラムが組めました」 見事に崩してターンオーバーに成功。檜山がボールを拾って、インゴールへ飛び込む。ゴールも決まり、劇的な逆転勝利。難しいミッションを見事に果たしてみせた。 この大逆転劇において、もうひとつ忘れられない場面がある。それはコーチの滝澤の姿だ。 熱意あふれる指導者は試合の際、状況が許せば、ベンチ前でヒザ立ちの体勢を取ってグラウンドの中を見つめる。このスクラムでも当初はいつもどおりだったが、ターンオーバーした瞬間、パッと立ち上がり、トライが決まると飛び跳ねて全身で喜びを表現。その一部始終が、スタッフ撮影の映像に残されていた。 いつもは厳しい人の初めて見る姿に、「あれはおもしろかった」と思わず顔をほころばせる。試合後には、「いいスクラムだった」と褒めてくれた。「(滝澤さんが)喜んでるのはめちゃくちゃ嬉しい」は、間違いなく本音だろう。 「本当にすべてにおいて熱心な方。しっかり指導してくれて、とても尊敬しています。まあ、怖いといえば怖いんですけど…」 4年生になった今でも、急な呼び出しにはまったく慣れない。 基本的には学生コーチを経由したLINEで、まれに部屋で眠っていると、「呼んでます」と起こされる場合もある。そのたびに胸がドキッとする。 「フォワードの選手はみんな経験してると思うんですけど、フッカーはちょっと多い気がします」 その感覚はきっと正しい。裏を返せば、それだけ伝えたい言葉があるということだろう。ましてやフッカーは明治FWの核であり、スクラムの中心。シーズンが深まれば、その回数はますます増えていくはずだ。 とくに今季はそのスクラムで春から苦しんだ。フロントローのメンバーが大きく変わり、昨季までのクオリティを発揮できない場面も散見された。しかし状況は変わりつつある。コーチの熱意とそれに応える選手の努力が相互作用を生み、対抗戦のスクラムは試合ごとに強さと安定感を増している。 「まとまりがよくなりました。特にバックファイブですね。滝澤さんもよく言うんですけど、フロントロー以外の5人がすごく成長した、と。ヒットを受けたあと――明治ではビルドって呼んでいて、そこが大きく伸びたのが、いいスクラムを組めている理由だと思います」 明治で過ごせる時間も残り半年を切った。 来春の卒業後は一般就職する。会社にラグビー部はあるそうだが、本格的に競技に打ち込むのはこの秋と冬が最後。「もともとそのつもりだったので、今季はやりきりたい」の言葉に嘘はない。 そのためにはメンバー争いを勝ち抜かなければならない。 レギュラーの筆頭格・西野帆平、同期で好調を維持する金勇哲、伸び盛りのルーキー高比良恭介とライバルは多い。事実、開幕戦後は慶應戦(9月22日)、日体大戦(9月28日)ともに23人の枠に入れなかった。状況を変えるカギはやはり「スクラム」だ。 「そこで負けたら選ばれないので。滝澤さんが言うには、選手それぞれに強みと弱みがある。その弱いところをいかになくせるか。僕の強味はヒットスピード。そこは伸ばしつつ、肩の使い方や押す方向にこだわっていきたい」 現状はたやすくない。それでも「自信はすごくあります」と言い切る。紫紺のフッカーの心は折れない。 (文:三谷 悠)