日本人の「賃金」は本当は上昇している…この10年間で「もっとも時給水準が上がった都道府県」の名前
■人手不足が深刻なところほど変化が明らか 最後に、企業規模別に賃金上昇率を算出したグラフを紹介しよう(図表5)。 企業別に時給(名目)の変化を確認すれば、実は賃金上昇は中小規模の事業所から広がっていることがわかる。一般の労働者について、500人以上の事業所では10年間で時給は5.4%しか上昇していないが、5~29人の事業所では12.2%増加している。また、雇用形態に着目すれば、パート労働者の時給は事業所の規模によらず大幅上昇している。 以上、賃金の動向をあらゆる角度から検証してきたが、これらの現象はなぜ生じているのだろうか。 もちろん最低賃金による外生的な影響もあるとみられるが、失業率が安定的に低位で推移していることも踏まえれば、本質的にはこういった業界や地方、中小規模の企業ほど人手不足が深刻だから賃金が上がっているのだと考えることができる。 ■「人が安すぎた時代」が終わりつつある 地方や中小企業の経営者などからは、人口減少と少子高齢化に若者の都心流出が拍車をかけ、近年はとにかく人が採れないと話を聞くことが増えた。しかし、人が採れないという言葉の裏には異なる意味が隠されている。 多くの経営者が言う人手不足とは、従来通りの賃金水準では人が採れなくなったという側面が強い。過去、報酬を引き上げないでも容易に人手を確保できた状況が長く続いてきたなか、賃金を上げなければ人が採れない現在の労働市場の構造は経営者に不都合な現実として立ちはだかっている。 市場メカニズムを前提とすれば、特定の地域や業種で人手不足が深刻化すれば、人員を確保するために、企業は否が応でも賃金を引き上げざるを得なくなる。実際に、地方の中小企業のほとんどは人員確保が事業継続の死活問題となっており、より良い労働条件を提示するための経営改革に迫られているのである。 賃金とは、本来はこうした労働市場のメカニズムの中で決定される変数である。人手不足で労働市場からの賃金上昇圧力が高まって初めて賃金が上昇するのだということを、これらのデータは明確に示している。深刻化する人手不足の陰で「人が安すぎた時代」は、少しずつではあるが着実に終焉(しゅうえん)に向かっている。 ---------- 坂本 貴志(さかもと・たかし) リクルートワークス研究所研究員/アナリスト 1985年生まれ。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。著書に『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)、『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)など。 ----------
リクルートワークス研究所研究員/アナリスト 坂本 貴志