成功したのは偶然だから・私なんて……「謙遜さん」が抱える生きづらさと解消方法【心療内科医に聞く】
成功しても自分を評価できない・いつも自分を後回しにしてしまう・自分のダメなところはたくさんわかるけれど、良いところは思い浮かばない・「私なんか」とよく思ってしまう……もしこういったことが当てはまるなら、あなたは「謙遜さん」かもしれません。『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(田中遥・加藤紘織著、飛鳥新社)には、謙遜さんが自分に優しく生きられるようになるコツが書かれています。本書に沿って、著者の一人であるベスリクリニック院長の田中遥先生にお話を伺いました。 <漫画>『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)より ■「謙遜さん」の特徴とは? ――本書ではインポスター症候群をベースに、その気質がある人も含めて「謙遜さん」と呼んでいます。どんな特徴があるのでしょうか? 前提として、医者である私がお話すると、インポスター症候群=病気だと捉える方もいらっしゃると思うのですが、あくまで心理的な特徴です。 インポスター症候群とは、自分の成功や能力を過小評価してしまい、周りから褒められたり認められたりしても偶然だと思い、自分に自信が持てなくなる特徴のことです。海外で注目を浴びて、日本でも知られてきています。 impostorは直訳すると「詐欺師」という意味ですが、日本語の使い方としてはピンとこない言葉ですよね。病院のスタッフや担当編集さんとも話し合い、本書では自己否定に悩まされ、常に「へりくだなければ」という感覚を持っている人を「謙遜さん」と呼んでいます。 ――なぜ「謙遜さん」になるのでしょうか? 家庭内のルールが影響することは多いです。私たちの価値観は過去の経験からできています。たとえば、常に謙虚でいることを求められたり、過度な完璧主義のもとで育つと、少しでもダメなところがあるなら自分を認められない、という考え方が定着しやすくなります。 ――診察をする中で謙遜さんは増えていますか? 病気として診断するものではないので、データはありませんが、生きづらさを抱えたり、なぜ上手くいかないのか悩んでいる方に謙遜さんの傾向が見られるとは感じます。 また、ネット等でインポスター症候群が少しずつ知られていくことで、自分の中のモヤモヤした気持ちの原因に気づく方が増えてきているとも思います。 ■謙遜さんが抱える生きづらさ ――謙遜さんが感じている生きづらさや生活への影響はどのようなことがありますか? 常に自分の能力に疑いがあって、失敗することへの強い恐怖心を抱えてしまうので、挑戦を避けたり、準備に過度に時間をかけたりしてしまいます。 「自分が他の人よりも劣っているのではないか」という感覚に悩まされているので、重要な決断をするときに、自信が持てなかったり、緊張しやすかったり、不安を感じやすかったりもします。 相手から求められることを察する能力が高いうえ、自己主張をしてはいけないと思っているのが謙遜さんです。色々なことに気づいてしまうがゆえに、表面上はニコニコしているものの、人といることに疲れてしまって、帰宅するとクタクタである人も多いです。 ――謙遜さんには良いところもあるのですよね。 他者と比べて自己評価が低下するため、周囲に配慮深くなったり、協力的な態度を持てたりする。「自分は完璧ではない」と思うからこそ、他者の意見を取り入れられるのです。聞く耳を持っているので、情報が集まりやすく、結果的に多くの知識やスキルを身につけることができ、成長に繋がりやすいです。 ――謙遜さんはシンプルに言うと「良い人」と見られる方が多そうです。中には、そういう部分につけ込もうとする人もいると思うのですが、どんな人に気をつけた方がいいでしょうか? 言われなくても自己反省できるのが謙遜さんの良いところです。にもかかわらず、マウントを取る人のように、できない部分を指摘され続けると、必要以上に「自分は足りない」と思ってしまう悪循環に陥るかもしれません。 マウントを取る人は多くの人が苦手だとは思いますが、謙遜さんは「自分のせいかな」と捉える傾向が強いため、注意した方がいいと思います。対策としては、マウントを取る人は境界線を越えて侵入してくるので、自分と他人に境界線を引くことが大切です。 モラハラ気質のあるパートナーにも注意です。謙遜さんは相手の言葉をモラハラだと思わず「言ってることもわかる」と受け入れてしまいがちです。 ――身近にいる謙遜さんが悩んでいるとき、周囲にできることはありますか? 謙遜さんは過度な励ましや、自己卑下の否定よりも、事実に基づくフィードバックの方が有効的です。たとえば「このプロジェクト成功してよかったですね。○○さんのおかげですよ」という言葉ですと、「私なんか全然ですよ」となってしまう。「○○さんが~なところを頑張ったからだよね」など、具体的な行動と結果を結びつけると、受け取りやすくなります。 ■謙遜さんが自分を受け入れられるようになるために ――謙遜さんが自分を受け入れられるようになるためには、どんなことが必要でしょうか。 まず自己認識の改善です。謙遜的な思考で、自分ができたことも「まだまだ」と思ってしまう傾向があります。自分が成し遂げたことや周囲の評価を冷静に分析し、「これはできなかったけれど、できた部分もあるよね」などと、正しく受け止める練習がオススメです。 謙遜的な思考そのものよりは、自己否定的な思考のループに入ってしまうと大変。定期的に自分の成功体験や、他人の意見を振り返るなど、自分を見つめ直す時間があると効果的です。 また、体を大切にする時間を持つことも勧めています。私は実はヨガが好きで、4年間ほど、週に2~3回やっていました。自己との対話は、心との対話だけでなく、体との対話もあります。ストレッチから始まって、1時間ほどすると体が大分動くようになると、心も柔らかくなっていく。 心は目に見えないので「心を切り替えよう」と思っても難しい。でも、体が切り替わることで、心が切り替わることがあるんです。負の思考のループが止まらないときは、考えることを一旦置いて、体を動かしてみてください。 ――謙遜さん傾向の強い方だと、自分を褒めるのもつらい方もいらっしゃると思います。何から始めればいいでしょうか? 先ほど申し上げたように、思考が止まってしまうときは、体からアクセスするといいでしょう。 言葉を切り替えることも大切です。言葉は世界を作りますから。謙遜さんは、自分に対して厳しい視点を持ちますが、他者に対しては寛容な気持ちを持つ傾向にあります。なので「自分の今の状況が友達だったらどうやって声をかけますか?」と自分に聞いてみるといいですね。 ※後編に続きます。 【プロフィール】 田中遥(たなか・はるか) 医療法人ベスリ会理事長・ベスリクリニック院長・心療内科医・産業医 福島県立会津高等学校、東京慈恵会医科大学医学部卒業。ベスリクリニック、ベスリTMS横浜醫院にて勤務。医師、産業医としてビジネスパーソンのメンタルヘルスに従事している。単に病気がよくなる医療ではなく、どのように生きるかを追求する医療を目指している。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ