生前対策のためにキャッシュ・フローを計算し、財産の全体像を把握するべき理由とは【相続専門税理士が解説】
家計貸借対照表によって資産全体を「見える」化する
時価評価について、金融資産を取引所の相場で評価することに異論はないでしょう。この点、不動産と非上場株式については2つの評価方法が存在します。 換金価値を評価するのであれば、不動産については実勢価格(市場価格)で、非上場株式については公正価値(M&A株価)で評価すべきということになります。しかし、その評価は容易ではなく、また相続税との対応関係が見えなくなります。そこで、不動産と自社株式は相続税の評価を行うのです。これによって、相続税との対応関係が明確になります。 市場価格ではなく相続税評価を行うといっても、その評価額は定期的に値洗いする必要があります。すなわち、非上場株式については「類似業種株価」が更新されるときに、また、宅地に係る路線価については年1回「路線価」が改定されるときに評価換えを行う必要があります。 このように金融資産や不動産、非上場株式をタイムリーに時価評価し、家計貸借対照表によって資産全体を「見える」化することにより、最適な資産構成に向けての相続・生前対策を立案することが可能となります。
家計貸借対照表で資産全体を俯瞰(ふかん)する
家計貸借対照表を作成することができたならば、以下の分析を行います。 (1)相続税を支払うに足る十分な流動性は確保されているか (2)借入金が無理なく返済可能であり、過大になっていないか (3)リスク許容度の範囲内で資産の分散が図られているか (4)相続における遺産分割が容易な資産構成となっているか (5)相続税を減らすことはできないか 相続が発生すれば、未払相続税は10カ月以内に決済されなければなりません。それ故、家計貸借対照表上、負債に計上される未払相続税は、資産に計上される金融資産や生命保険などの流動資産よりも小さくなければなりません。言い換えれば、流動比率は100%を超えている必要があるということです。 この点、流動比率が100%を超えていたとしても、遺産分割のやり方によって納税資金が不足する相続人がいないかどうか、事前に確認しておく必要があります。 たとえば、企業オーナー一族において、長男が自社株式と事業用不動産を承継し、長女が金融資産を承継する場合、たとえ資産全体では流動比率100%超であっても、長男の相続税を納付するに足る金融資産を確保できないようなケースが発生します。すなわち、相続のための遺産分割対策と納税資金対策は同時に立案しなければならないということです。 このような場合、未払相続税を明示しながら、納税のための金融資産を承継させるか、相続税評価を引き下げて未払相続税を圧縮させる対策を行うべきなのです。 また、さまざまな種類の資産を保有している資産家であれば、遺すべき資産の優先順位を決める必要があります。企業オーナーの場合、事業承継の優先順位が高くなるため、遺すべき資産として自社株式が重要になるでしょう。地主であれば、先祖代々の土地を何があっても相続し続けなければならないと考えるかもしれません。 遺すべき資産の優先順位が決まれば、相続税の納税において優先順位の高い資産を残し、優先順位の低い資産を納税資金に充てることを考えます。遺すべき資産が自社株式や不動産である場合、優先順位の低い金融資産や生命保険金を、相続税の納税資金に充当すればよいということです。 さらに、未払相続税の負担を軽減させるための方法を検討しなければなりません。我が国は、世界に類を見ないほど相続税負担が大きい国であるため、資産家が三世代続けて資産家であり続けることは非常に難しいといわれています。それ故、家計貸借対照表において、負債として計上される未払相続税の圧縮が重要な課題となるのです。これが相続税のない諸外国の資産家の相続・生前対策と大きく異なるポイントです。 以上のように、相続・生前対策を立案する場合、遺産分割対策、納税資金対策および相続税対策を同時に検討しなければなりません。このため、個人の資産全体を俯瞰できるようなツールとして家計貸借対照表を作成する必要があるのです。 岸田 康雄 公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
岸田 康雄
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