なぜ西武・渡辺GMは古巣復帰した松坂大輔のノルマを「1、2勝」と低く設定したか?
日米通算170勝の前中日、松坂大輔(39)の西武ライオンズ入団会見が11日、都内ホテルで行われた。1998年にドラフト1位で西武へ入団した松坂はポスティングでレッドソックスへ移籍する2006年までの8年間、西武に在籍、14年ぶりの復帰となった。背番号は「16」で契約は1年。会見で松坂は、西武に骨を埋めることや残り30勝となった日米通算200勝をあきらめないことなどを激白したが、渡辺久信GMは「1、2勝でも相乗効果がある」と、あえてノルマを低く設定していることを明かした。2試合しか登板できなかった昨年の現状を考えるとリアルなノルマだが、ソフトバンクとの2年続けての優勝争いでは、その「1、2勝」が勝負を分けているだけに、裏を返せば松坂を本気で戦力として考えている証拠。古巣・西武の強力打線をバックに松坂はV字回復を果たせるのだろうか。
西武に骨を埋める「終わりが見えている」
イタリアの高級ブランド「ブリオーニ」のネクタイは西武カラーに合わせた。 「家に帰ってきた感覚。ライオンズに決まったときは本当にうれしかったです」 古巣・復帰への感動を松坂は素直に言葉で表現した。 かつて着けていた「18」は多和田真三郎が背負っているため、背番号は菊池雄星のメジャー移籍後、空き番になっていた「16」となった。松沼雅之、潮崎哲也、現ロッテの涌井秀章(33)が着けていたエース格のナンバーでもある。 「僕のイメージだとライオンズの16番は潮崎さんのイメージ。歴代で16番を着けてきた選手は、皆さん成績を残している、いい番号だと思っている。それに続けるようにやっていきたい」 2年間、ユニホームを着た中日からは契約更新のオファーがあったが、ソフトバンク退団後に復帰への道筋をつけてくれた森繁和前監督、渉外担当だったデニー友利氏が退団したことで、「僕もいるわけにはいかない」と断り、自由契約の道を選んだ。そのニュースを見た渡辺久信GMからすぐにコンタクトがあり、水面下で電話交渉が進み「迷うことなく」西武復帰を決断した。 来年9月には40歳。松坂にも覚悟がある。 「終わりが見えている。これからは1年1年の過ごし方が今まで以上に濃いものになっていく。先のことを考えようと思ってもできない。日々、今の状態でどうしたら勝てるかということを考えている。毎日、ずっとそういうことを考えながら過ごしていく中でプレーする期間が延びていったらいい。最後はやっぱりここなのかなと今では思っている」 残り30勝と迫った日米通算200勝に対しても「無理だと言う人が多いと思うがあきらめることはしたくない。そういう気持ちでやっていれば届かない。最後まであきらめず200という数字を目指してやっていく」と、ハッキリと意思を示した。 その意欲の表れが、スッキリとした体のラインだろう。 会見前に契約を済ませた渡辺久信GMも「体は締まってすっきりとしている。ずっと(アメリカで)トレーニングをやっていると聞いている」と目を細めた。 そして、松坂となぜ契約したかについて、こう説明した。 「戦力的にも、うちはとくに先発陣が弱い。大輔が入ることでいろんな相乗効果が期待できる。そういうところでオファーした」