「葛藤の連続(笑)」元Jリーガーの娘が全日本Jrテニスで活躍 送迎に明け暮れた車内で「口を出したい気持ちをこらえた」母と娘の関係性
■アカデミーに入ってテニスの本当の厳しさを知った ── そこでテニスのジュニアアスリートへの第一歩を踏み出したのですね。 黄川田さん:そうです。でも、アカデミークラスに入れて喜んでいたのも束の間、テニスの本当の厳しさをそこで知りました。とにかく毎週のように試合の回数をこなして勝ってポイントを稼ぎ、ランキングを上げていかなくてはならないのがテニスだったんです。 ジュニアもプロも、試合に出ていないとランキングが上がらない。ランキングが上がらないと全国大会に行けない。試合数をこなすこと、ランキングを上げることが最も重要でした。そしてアカデミーにいたのは、全国大会を目指している子ばかりでした。まず公認大会、東京大会、関東大会、そして全国大会とランキングを上げながら勝ち進んでいかなくてはならないのですが、全国大会なんて当時は雲の上の存在でした。
娘がアカデミークラスに入ってからは、親は送迎に明け暮れる日々になりました。当時、私は食育のイベント仕事がたくさん入っていたのですが、テニスの試合のある週末の仕事はいったん諦めて、平日にできる撮影やレシピ考案をメインにシフトしました。莉子はテニスをすごく楽しんで夢中でやっていたので、親としてもランキングを上げるためにできることはしたいと思ったんです。試合会場は関東エリア全体が対象になっていたため、とても子どもひとりで行けるような場所ではなく、まずは送迎が重要。どのご家庭も両親のどちらかが必ず送迎に来ていて、毎週末のように顔を合わせるような状況が高校2年生まで続きました。
── 莉子さんは、選手として順調にランキングが上がっていったのでしょうか? 黄川田さん:そんなことはないです。小学生の間は関東大会にも出られませんでした。中学生になってから関東大会に出られるようになり、団体戦で全国優勝するまでに成長しました。ただ、中学2年生のころから新型コロナウィルスが流行し、全国大会の開催自体がなくなってしまって…。一番実力が伸びて成長していた時期に個人の成績が上げられなかったのは残念でした。