『新宿野戦病院』少しずつ紐解かれるヨウコの過去 現在の歌舞伎町に対する宮藤官九郎の解
“トー横キッズ”がフォーカスされた前回の当記事で、「居場所を求めて歌舞伎町に集う彼らに、このドラマは大人の目線から何らかのアンサーを導き出すことができるだろうか」といったことを記した。それに付随するような興味深いやり取りが、7月17日放送の『新宿野戦病院』(フジテレビ系)第3話の中盤でさっそく見受けられた。居場所のない人々へ手を差し伸べるNPO団体の職員である舞(橋本愛)が警察官の勇太(濱田岳)に呼び出されると、そこに聖まごころ病院で保護されているOD少女マユ(伊藤蒼)が市販薬を万引きして捕まっていたという一連だ。 【写真】驚きの表情を見せる享(仲野太賀)、横山(岡部たかし)、田島(馬場徹) 舞はマユを叱るわけでもなく、真っ先に勇太に頭を下げる。居場所がない子だからと哀れみを向けるマイに、「大人が叱ってやらないとまたやるよ」と告げる勇太。昔の歌舞伎町は子どもが近付けない場所で、ヤクザが仕切っていたことで秩序もあったとも言う勇太に、「力で押し付けた秩序なんていらない」ときっぱり返す舞。こうした歌舞伎町の過去と現在の変化をめぐる大人たちの言い争いのなかで、舞から無意識的に“そういう子”として哀れみの対象に括られたマユは、辟易とした表情を浮かべ諦観したような言葉を述べるのである。 このシーンにおいては、その場に立ち会う勇太や児童福祉士が、マユが母親の恋人から性加害を受けていることを把握していないがために、母親へと連絡してしまうという堂々めぐりに陥りかねない行動が見受けられるが、概ね勇太の言っていることも、舞の言っていることも一般論として間違っているわけではない。それはただ単に、ひとつの毅然とした正解がないということでもある。根本を変えなければ、あるいは正しい方法で負の連鎖を断ち切らなければ、第三者の介入だけではおそらく限界がある。それが歌舞伎町の現在をより混沌とさせているのだとしたら、水曜22時にのんびりとこのドラマを観ている我々にはもっと考えるべきことがあるのかもしれない。 さて、ドラマの本筋である聖まごころ病院の面々はといえば、相変わらず医療費を取れない不法滞在の外国人患者の治療に勤しむヨウコ(小池栄子)のやり方に不満を抱いた白木(高畑淳子)の涙ながらの直談判によって、週休二日制が導入。救急対応以外は休診となった月曜日に啓三(生瀬勝久)はビューティークリニックを開業することを思い付き、享(仲野太賀)を前面に押し出した宣伝活動と美容系インフルエンサーの口コミで大盛況に。ところがあっという間に医療過誤の風評被害を受けて閑古鳥が泣く始末という、こちらはこちらで違うベクトルで混沌としていらっしゃる。 登場人物の顔が一切映らないことも厭わずに、聖まごころ病院の場末感満載のロケーションを示すような長回しの引き画から始まる屋上シーンで、ヨウコの口から語られる「命ある限り美しくありたい」という言葉と、ところどころにインサートするヨウコの過去のエピソード。少しずつ過去が紐解かれ補強されていくキャラクターたちと、舞に告白する前に振られる享やペヤングの行方に苛立つ堀井(塚地武雅)など、同じことをひたすら反復し続けるキャラクターたち。それはまるで、混沌とした空間にこそ、一元的ではないものの見方、あらゆる方向からのアプローチが必要であると示しているかのようだ。
久保田和馬