亡き父から継いだ事業で、兄が失敗→債権者が私の元に。「相続分のないことの証明書」は〈相続放棄〉にはならない? 【弁護士が解説】
解説
1.「相続分のないことの証明書」を作成した共同相続人の超過特別受益者性の有無および証明書が作成された事情を確認する (1) 相続分のないことの証明書の意義 被相続人から遺贈または贈与(以下「遺贈等」といいます。)を受けた相続人がいる場合、遺贈等の価格が当該相続人の相続分に等しいか、これを超えるときには、超過分を返還する必要はありませんが、当該相続人は、既に相続分を受領しているものとして、相続分を有しません(民903(2))(以下、遺贈等を受けた結果、相続分を有しない相続人を「超過特別受益者」といいます。)。 このとき、超過特別受益者が自らの相続分がないことを証明するために作成する証明書を「相続分のないことの証明書」といいます(他に、特別受益証明書、相続分不存在証明書と呼ばれることもあります。)。 相続分のないことの証明書は登記原因証書として認められており、この証明書に基づき被相続人から不動産を取得する相続人への所有権移転登記が行われています。 こうした登記実務を踏まえて、超過特別受益者でない者が、作成に手間がかかる遺産分割協議書を作る代わりに、相続分のないことの証明書を便宜的に作ることがあります。 (2) あてはめ 本事例では、妹の私は、兄に言われるまま、相続分のないことの証明書を提出しており、妹への遺贈等がなされているか不分明です。 そのため、妹が超過特別受益者に当たるかどうかもわかりません。もし妹が超過特別受益者でないのでしたら、兄が被相続人である父から自身への不動産所有権移転登記をするために、便宜的に作成を依頼したものと推測されます。
負債の支払い義務を免れることはできるのか
2.「相続分のないことの証明書」の法的効果を検討する (1) 相続分のないことの証明書の効果 超過特別受益者でない者が作成した相続分のないことの証明書の法的効果については、多くの裁判例があり、争いがあるところです。法的効果の詳細は、〔4〕をご参照ください。 本事例で妹が作成した相続分のないことの証明書が、兄が不動産の所有権移転登記をするための便宜的なものでしたら、妹が自らを超過特別受益者であると認めたことにはなりません。 妹が亡父の遺産を取得したか否かについて明らかにされていませんが、もし妹が何も遺産を取得していないのでしたら、相続分の譲渡か、相続分の放棄に当たる可能性が高くなります。そこで、以下では、(1)相続分の譲渡、(2)相続分の放棄の二つのケースについて検討します。 (2) 相続分の譲渡と相続債務の帰属 相続分の譲渡とは、積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分を譲受人に移転することをいいます。共同相続人間で相続分の譲渡がなされた場合には、譲受人は従前から有していた相続分と新たに取得した相続分とを合計した相続分を有することになります(最判平13・7・10民集55・5・955)。 被相続人の金銭債務その他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じて承継します(最判昭34・6・19民集13・6・757)。 判例によると、相続分の譲渡は、消極財産を含む遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が移転しますので、相続債権者との関係においては免責的債務引受と考えられ、相続債権者の同意によりその効力が発生します(潮見佳男『詳解相続法第2版』277頁(弘文堂、2022))。 (3) 相続分の放棄と相続債務の帰属 相続分の放棄とは、積極財産の取得を希望しない共同相続人が自身の相続分を放棄することをいいます(片岡武・管野眞一編『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務〔第4版〕』129頁(日本加除出版、2021)。以下「遺産分割の実務」といいます。)。 相続分の放棄は、相続放棄とは異なり、期間制限はなく、遺産分割までの間はいつでもすることができます。 相続分の放棄の法的性質に関する学説はいくつかありますが、いずれの説を採用しても、放棄者は、相続人としての地位を失うことはないので、相続債務を負担する一方、遺産分割において積極財産を取得することができなくなるので、遺産分割協議に参加できません(潮見佳男編『新注釈民法(19)』366頁〔副田隆重〕(有斐閣、2019))。 (4) あてはめ 相続分の譲渡・相続分の放棄、いずれであっても、譲渡人・放棄者は、相続債権者からの免責を受けない限り、相続債務を承継します。 本事例の場合、相続分のないことの証明書を作成した妹が、相続分の譲渡・相続分の放棄、いずれをしていたと認められても、相続放棄が認められない限り、亡き父が残した負債の支払義務を免れることはできません。
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