東から見ればオリエントと古代ローマは続いている。中国と地中海が文明の「二大源流」だ。
「ローマ」を描いた名著たち
――古代ローマを主題とした大著には、これまでにも名著が生まれています。 本村 そうですね。いまの日本でもっとも読まれているのは、塩野七生さんの『ローマ人の物語』でしょう。私は塩野さんや司馬さんの歴史小説はほとんど読んでいますが、どれも面白い。やはり小説家の力っていうのは学者とは違っていて、史料が何にもない部分でも、人間としての常識で描き切ってしまう。その想像力と筆力があれだけ面白いものを生んでいるんですね。 そういう描き方っていうのは、学者は普通やらないんだけれど、今回のシリーズでは、「史料はないが私の推測では…」という形で私も少しやっています。そうでないと全体像は描けないし、いままで学者はあまりにもそういう試みをしてこなかった。もちろん塩野さんは「史料はないが」とか「諸説、論争がある」なんていうことはいちいち書かないし、そこをどう読むかは、読者の立場で評価することだと思います。 本村 歴史学の立場でローマを描いた大著としては、やはりまず、テオドール・モムゼン(1817-1903)の『ローマの歴史』(邦訳は全4巻、長谷川博隆訳)ですね。モムゼンは今にいたるローマ史研究の基礎を築いた人で、ノーベル文学賞も受賞している。 でもやっぱりモムゼンはね、最初の頃はだいぶ推測で言ってるところがあるんですよね。たとえばカエサルとかは、すごく祭り上げているんだけど、キケロはもう主観的にけちょんけちょんに言ってたりする。史料批判よりも書かれた人間に対する批判に踏み込んでいるところもある。それはモムゼン自身も自覚していたでしょう。 つまり、学者が書くものであっても、その著者が誰に対して好感を持っていて、誰に嫌悪感を持ってるかとか、読む側も注意しなくちゃいけないんですね。これは、著者がどんな文化圏に生きているか、また書かれた時代も関係あるでしょう。 エドワード・ギボン(1737-1794)の『ローマ帝国衰亡史』もローマ史の名著として知られていますが、これはアメリカの独立運動が高まるなかで書かれたものです。大英帝国の基礎ができ、しかし衰退の兆しも見えてきていた。イギリスの国会議員でもあったギボンには、かつての大帝国ローマを自分たちのモデルとして捉えようという意識があったんじゃないでしょうか。