東から見ればオリエントと古代ローマは続いている。中国と地中海が文明の「二大源流」だ。
イスラム圏の源流でもある
――日本では、古代文明といえば「四代文明」というのが馴染み深いですよね。 本村 メソポタミア、エジプト、インダス、中国の古代文明を「四大文明」と呼ぶのは、日本の戦後教育に特有の用語で、海外では通じません。南北アメリカの文明や、中国でも黄河流域以外に多様な文明があったことも知られています。 そうしたさまざまな古代文明の中で、私は現在の中国を中心とした「東アジア世界」と、メソポタミアからローマまでを包括する「地中海世界」を、文明の二大源流ととらえていいんじゃないかと思います。ここで生まれた文字、経済活動、宗教や思想などが、その後の人類史に与えた影響はとてつもなく大きく、この二つは人類の「基幹文明」と呼んでいいでしょう。 東アジア文明については、我々は漢字を使い、儒教・仏教についても歴史的に触れてきたけれども、地中海文明については、幕末明治くらいに接するようになって、百数十年しか経っていない。近代文明というのは圧倒的に欧米から生まれてきているのだけれども、私たちは地中海文明から生まれてきたものを、知っているようで、じつはまだ、よく理解できずにいるのです。 というのは、地中海世界は、ローマ帝国によって政治的に統合された後、帝国の分裂とともに解体し、東西のヨーロッパ世界とイスラム世界に再編されます。つまり、地中海文明はヨーロッパの源流であるだけでなく、現在のイスラム圏の源流でもあるわけです。現代の欧米と中東、つまりユーラシアの西側がどんな歴史を共有し、その根底にどういう問題があったのかを深く理解していくにも、「地中海世界」という捉え方は必要だろうと思います。 ――キリスト教、イスラム教を含む一神教世界の誕生や、神と人間の関係が、大きいテーマになっているのが、このシリーズの特徴ですね。 本村 一神教っていうのは、いまや我々は当たり前のように感じていて、それが宗教というものだと思っているけれども、だいたいどこの文明でも、本来は「神々の世界」だったわけです。そして、ギリシア神話やローマ神話には、オリエント系の神々が、いっぱい入り込んでいる。それが、この地域を同じ「地中海世界」と呼べる理由でもあります。 しかし、ユダヤ教やキリスト教のように、唯一神だけを信じて、ほかの神々は認めないっていうのは、非常に大きな文明的な変化なわけです。その後の国家や民族、文化や思想のありかたを強く規定したといえるでしょう。しかも、古代末期には、そのキリスト教がローマの国教となる。そうした、神々と人間のドラマは、古代史を描く際には見過ごせないテーマなのです。 ――しかし、ローマ史研究者がメソポタミア史から書くというのは、かなり冒険ですね。 本村 これは僕がローマ史の、しかも帝政期の研究者だから、こんなことを考えたのかもしれませんね。 歴史学者っていうのは過去にさかのぼって探究し、まとめ上げていくものですから、たとえばギリシア史の研究者だと、ヘレニズム以降についてはあまり関心が向かない傾向があるし、共和政ローマの研究者は、ギリシアやヘレニズムに向ける視線と、帝政期や古代末期に対する視線は違ってくるでしょう。 たしかに、僕が全体の監修をつとめ、各巻は専門の研究者に書いてもらう方が、間違いないし、最新の研究動向も反映できるでしょう。でも、のちに地中海世界の覇権を握ったローマ帝国を足場にして見ると、オリエントやギリシアについての論点や解釈は違ってくる。それで、いつのころからか「これは俺一人で書くしかないな」と思うようになったわけです。