後継ぎがいない!大黒柱の社長が倒れた工場、事業承継を託した相手は… 30代の元銀行員が目指す「脱家業」「脱下請け」
その建設会社は家族経営で、従業員が30人ほど。就業規則もない状態だった。「会社らしくしてほしい」という社長の求めに応じて労務管理の改善を提案したが、社長は結局「この業界は四角四面にやっていたら無理」と言い出す始末だった。社長は近藤さんを親密な取引先に紹介するそぶりも見せず、経営を引き継ぐという話が信じられなくなった近藤さんは見切りを付けた。 ▽パスワードが分からず、パソコンの中身が見られない サンキコーの社長になった近藤さんが、前社長の西村さんと直接会ったのは5回ほど。西村さんが目をかけていたベトナムやタイからの技能実習生たちのために、一緒に家電製品を買いそろえに行ったのが最後だったという。西村さんが並走しながら、経営や技術を引き継ぐことは事実上かなわなかった。 姉の爪さんが「特殊な機械が3台あって、それをどうするつもりだったのか聞けないままになった」というように、あらゆる判断を下していた西村さんを失ったサンキコーの日々の運営は戸惑いの連続だった。そもそも西村さんが使っていたパソコンはログインのためのパスワードが分からず、重要なデータが残っていたとしても中身が見られない状態だ。
代替できない技術や知見を持っている熟練工も多い。近藤さんは「従業員それぞれが持つ情報を可視化し、いわば前社長の頭の中を再現するのが最大の課題だ」と指摘する。 近藤さんは翻弄されるばかりではなく、しっかりと事業の将来も見据えている。希土類磁石は電気自動車(EV)の普及で需要拡大が見込まれるが、現在のように下請けとして研削加工を受注するだけでは成長性が限られる。近藤さんは「表面処理や磁気を付ける着磁といった工程にも事業を広げ、ワンストップで担えるようにしたい」と意気込んでいる。業務手順やシステムの整備も進める方針だ。 ▽一人一人が主人公、後継者は社内から現れるのか 後継者を巡る問題は深刻化している。帝国データバンクによると、後継者難を理由とする倒産は2023年度上半期(4~9月)に287件と前年同期と比べ23・7%増加し、半期として過去最多を更新した。経営者の病気・死亡が全体の約4割を占め、後継者を選定できずに代表者が活動できなくなり、倒産するケースが目立つ。 SoFun取締役の手操さんは、中小企業の事業承継について「オーナー家が株を持ったまま外部から後継者を招き入れてもうまくいかない」と分析する。高齢化したオーナーの下では、新しいことに挑戦する意欲が乏しくなりがちだ。若手従業員が先行きへの不安から、結婚や住宅購入に慎重になる傾向もあるという。
サンキコー社長の近藤さんは、経営のプロとして限られた期間でサンキコーが自力で走れるようにすることを求められている。「一人一人が主人公」を掲げ、工場内を見て回り、作業に当たる技能実習生らに声をかけるのが日課だ。従業員が主体的に働く組織へと変わり、経営のバトンを渡せる人物が現れるのか、近藤さんの挑戦は続く。