後継ぎがいない!大黒柱の社長が倒れた工場、事業承継を託した相手は… 30代の元銀行員が目指す「脱家業」「脱下請け」
滋賀県近江八幡市のサンキコーは家業として半世紀近く、希土類(レアアース)を原料とする磁石などの精密研削加工を手がけ、多くの大手化学メーカーからその技術力を認められてきた工場だ。順調だったサンキコーは2020年、岐路に立たされた。当時社長だった西村幸恭さんが病に倒れたのだ。西村さんはこのとき働き盛りの50代。経営と技術の全てを取り仕切り、まさに大黒柱だった。 「下請けいじめは許さない」大手企業に対峙する「Gメン」どんな仕事?
元気なうちに経営を承継する必要性を感じた西村さんだが、自身の子どもはまだ小さく、家族には事実上、後継ぎがいなかった。西村さんが会社と従業員を託したのは、地方銀行の元行員で、ベンチャー企業の事業責任者を務めた経験を持つ近藤祐介さん(37)だった。2022年12月に社長に就任した近藤さんは、その直後に他界した西村さんの思いを胸に「脱家業」「脱下請け」を目指して奮闘している。(共同通信=松尾聡志) ▽不動産のように扱われ「もう売らん」 西村さんの実姉で取締役室長を務める爪伴子さんによると、西村さんが倒れたのは1人で試作加工をしていたときだった。サンキコーは硬くてもろい材料の加工が専門。陶器を思い浮かべると分かりやすいが、中央で真っ二つにしても欠けたり割れたりしてしまう。そんな高度な技術を体系的に理解しているのは、50人近い従業員の中で西村さんだけだったという。 寡黙で責任感が強かったという西村さんは病床でも工場の様子が見られるようにカメラを設置し、作業日報のデータ確認も欠かさなかった。闘病の傍ら事業承継を模索したが、持ちかけられるのは「今なら高く買ってもらえる」などと、自分の会社をまるで不動産のように扱う話ばかりだった。会社を引き継ぐかどうかの返事をせかされるケースもあり、西村さんは「もう売らん」と態度を一時硬化させたという。
▽「売却しない」事業承継会社 西村さんの警戒心を解きほぐしたのは、後継者不足に悩む中小企業の事業承継を支援しているSoFun(ソーファン、滋賀県近江八幡市)だ。SoFunは、地銀出身の3人が企業の合併・買収(M&A)や地方創生などの業務に従事した経験を基に設立した。中小企業のオーナーらから株を取得して事業を引き継ぐが、「(株を売却して投資した資金の回収や利益を確保する)イグジットはしない」とうたう。 SoFun取締役の手操圭介さんは「中小企業のホールディングス(持ち株会社)のようなイメージで、各社の事業を継続的に成長させて利益を得ることを目指している」と話す。同業者に売却したくない、良い経営者が来ればもっと業績が伸びると考える中小企業からの相談が多いという。 SoFunが論理的な思考力や事業推進力を見込んで、後継者候補に選んだ一人が近藤さんだ。近藤さんは地域金融の担い手として10年ほど勤務した後、経営に直接携わる立場に転じたが、サンキコーの前に後継者含みで2年ほど務めた建設会社では苦い経験をした。オーナー企業が抱える課題を身をもって知ったことも白羽の矢が立った理由だ。