【日曜特番・敦賀開業、湯けむりバトル】城崎が漁夫の利? 加賀の客、奪われる懸念 外国人客最多更新
「新幹線の敦賀延伸で、漁夫(ぎょふ)の利(り)を得ているのは城崎(きのさき)温泉だ」。9月27日、金沢経済同友会の会員懇談会で講演した神戸国際大経済学部教授の中村智彦氏は、北陸新幹線の大阪への早期延伸を訴える中で、こんな話を切り出した。兵庫県の日本海側に面する「城崎温泉」を訪れる外国人観光客が急増しているというのだ。実態を探ってみた。(経済部・齋藤圭祐) 【写真】北陸DC観光列車「はなあかり」 以前は大阪から石川県には特急「サンダーバード」1本で行けたが、北陸新幹線敦賀延伸後は「敦賀での乗り換え」が必要になった。新幹線が延びたのに、かえって不便になった…との声さえ聞こえる。 一方で城崎温泉は今現在も、外国人に人気の京都や大阪から特急1本で行ける。このため城崎に関心が集まっているらしい。 実際、城崎温泉のある兵庫県豊岡市によると、北陸新幹線敦賀延伸後の3~6月、城崎温泉の外国人の延べ宿泊者数は前年同期比24・6%増の2万2931人となり、コロナ前を超えて過去最高となった。 ●カニ合戦も 加賀温泉は冬場の「加能ガニ」を売りとする一方、城崎温泉も日本海の「松葉ガニ」を目玉としている。そうした中、関西から加賀温泉へは「敦賀での乗り換え」が必要となり、運賃も高くなった。この状態が続けば「行きやすくてカニも食べられる城崎に…」という流れが強まるのではないか。中村教授は「深刻な事態だと考えなければいけない」と呼び掛ける。 ●インバウンド45倍 城崎温泉では、外国人客が飛躍的に増えている。外国人の延べ宿泊者数は2011年の1118人に対し、昨年は5万701人で45倍に跳ね上がった。 城崎温泉では、観光客が「外湯」と呼ばれる六つの共同浴場を巡るのが定番だ。木造の旅館が多く、昔ながらの街並みが残る中、ゲタの音を響かせながらのそぞろ歩きが、訪日客の琴線に触れるのだろう。 豊岡市によると、景観保持のため、市や温泉関係者が申し合わせ、コンクリート造や4階建て以上の建物は作らないようにしている。京都を訪れる外国人への積極的なプロモーションも展開しており、自治体や温泉関係者が一体となってインバウンド(訪日客)獲得に奔走した。 ●冬場どうなるか 加賀温泉の関係者はどう受け止めているか。山代温泉観光協会の和田守弘会長は、新幹線で東京とつながったことで、加賀温泉でもインバウンドが増加しているとし、「取られているという感覚はそれほどない」と語る。ただ、敦賀乗り換えや運賃増に懸念はあるとし「雪が降って鉄道客が多くなる冬場がどうなるか注目したい」と話した。 関西の人は雪道で車を運転することに慣れていない。このため例年、冬になると、関西客の多くがJRで加賀温泉にやって来る。だが「敦賀乗り換え」を強いられる今、関西客は鉄道に乗って、わざわざ来てくれるのだろうか。そんな懸念があるのだ。 別の加賀温泉の関係者は「城崎温泉は強敵だと思う。動向は気にしている」と吐露。敦賀と城崎温泉を結ぶJR西日本の観光列車「はなあかり」が登場したことも「どのような影響が出るのか気が気ではない」と不安を口にした。 ●30年甘んじる? 中村教授は敦賀で乗り換えが必要な状況が続けば、関西・中京圏から北陸への観光客が減少すると指摘。「この状態を、あと30年甘んじて受け入れるのか」と米原ルートでの早期着工・完成を主張する。 「敦賀で乗り換え」が長引けば長引くほど、「関西の奥座敷」としての加賀温泉郷の地位が脅かされる。北陸新幹線を敦賀から米原に延ばし、東海道新幹線への直通運転を…との声が高まる背景には、そうした事情もある。 ●北陸周遊の「味方」にしよう 北陸DC観光列車「はなあかり」 「北陸の観光キャンペーンなんだから北陸を走らないといけないのに…」 北陸三県とJR各社による大型観光企画「北陸デスティネーションキャンペーン(DC)」の概要を知った石川県内の観光関係者から、嘆き節が聞こえてきた。5日、敦賀駅で華々しく出発式が行われたJR西日本の観光列車「はなあかり」=写真、同社提供=のことだ。 DCはJRグループが一斉に客を送り込む強力な観光企画であり、JR西日本は観光列車「はなあかり」を今回の目玉に位置付ける。 しかし「はなあかり」がキャンペーン期間中の10~12月に走るのは、敦賀と城崎の間なのだ。 敦賀は北陸だとしても、若狭は「ほぼ近畿」では? 城崎に至っては「100%近畿」である。「北陸」に足を運んでくれた観光客が城崎に流出してしまうのではないか…石川や富山の観光・宿泊業者の間で、そんな不安が見え隠れする。 敦賀―城崎に観光列車を走らせる背景は「北陸三県のバランス」だ。2015年の北陸DCでは城端線と氷見線に「べるもんた」、七尾線に「花嫁のれん」という観光列車が投入された。JR西の担当者によると、福井県内から「自分たちの所でも観光列車を」との声が根強かった。 加えて、北陸新幹線の延伸区間から離れた福井県嶺南地方にも開業効果を波及させることが「はなあかり」を走らせる狙いだと明かす。 JR西の担当者は「『はなあかり』で北陸の旅の楽しみ方は広がる」と強調する。鍵を握るのは北陸新幹線のスピードだ。新幹線を使えば、金沢―敦賀は最速で41分、富山―敦賀も1時間強で到着する。「はなあかり」の敦賀駅発車時刻は午前10時40分。旅の1日目を石川や富山で過ごし、2日目の朝に新幹線で敦賀に向かって「はなあかり」に乗って城崎へ。そうした旅行プランが考えられるという。 関西方面についても、これまで城崎温泉との単純な往復にとどまっていた関西客を「はなあかり」で敦賀に運び、さらに、石川や富山へ送客することができる。「はなあかり」を味方につければ、石川、富山の周遊観光にも十分にメリットがあるというわけだ。 5日にJR加賀温泉駅前で開催されたオープニングイベントで石川県の徳田博副知事が能登半島地震や豪雨被害に触れ「能登は全ての場所に行ける状態ではないが、行ける所に足を運んで応援してもらいたい」と呼び掛けた。今回の北陸DCは「復興支援」の意義も帯びている。 キャンペーン実行委員会は公式ガイドブックで羽咋市の妙成寺や気多大社を紹介し、石川県観光連盟の「今行ける能登」ウェブページのQRコードも掲載。駅などに貼るポスターに七尾市の花嫁のれん館や和倉温泉総湯の写真も使う予定だ。 JR西の担当者は「『能登が復興した時にまた来よう』と思ってもらえる旅行体験になるよう、デスティネーションキャンペーンで北陸全体の魅力をPRしていく」と力を込める。 「はなあかり」は「列車が走る沿線地域に光を当て、華やぎが広がる」イメージから名付けられた。敦賀―城崎という運行区間を超え、能登の被災地まで北陸を照らす存在になれるか、真価が問われそうだ。(経済部・高田和彦)