大企業から中小企業までが直面する「ビジネスと人権」、その最前線では何が議論されているのか?
■ 進化が問われる日本の次期NAP(国別行動計画) では、日本のように「ビジネスと人権」に関する強制的なルールを持たない国・地域ではどうか。 日本を含む東アジア・東南アジア地域では、国別行動計画(NAP)に基づいて自発的な企業の取り組みを推進している。 日本政府は「『ビジネスと人権』に関する行動計画(NAP)』(2020年)を策定し、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年)などにより企業の自主的な取り組みを促している。 また、インドネシアやマレーシアなど他の東南アジア地域でも近年相次いでNAPの策定が進められている。 今回のフォーラムでは、日本を含むアジア太平洋地域でNAPがいかに機能しているかを議論するセッションが設けられた。 モデレーターを務めた国連「ビジネスと人権」作業部会のピチャモン・イェオファントン氏は「地域内での対話を活性化させる上で、NAPは価値あるものだ。しかし、ビジネスによる人権侵害への万能薬にはなり得ない」と述べ、今後の法制化への期待を示唆した。 アジア地域の国々の代表者からも、NAPは各国の「ビジネスと人権」の取り組みを進展させているものの、救済へのアクセスをさらに強化する必要があること、ステークホルダーからの意見の反映が十分でないこと等の課題が残る旨の発言があった。 日本についても、今後検討される次期NAPに関して、多様なステークホルダーからの声を一層反映すること等の期待が示された。 日本では、現在のNAP適用期間(2020年~2025年)が終了に近づき、次期NAPの検討が進められる中、日本の取り組み状況や文化的背景を踏まえた施策の「スマートミックス」の進化が求められそうだ。
■ 論点になった内部通報制度と苦情処理メカニズム 「真に意味のある」取り組みを推進する観点で、今回のフォーラムでは「救済へのアクセス強化」や「実効的な苦情処理メカニズムの構築」といったキーワードも特に多く取り上げられた。 実際に人権侵害を受けた(または、その可能性がある)被害者が適切に「救済」される仕組みに、いかに実効性を持たせられるかが改めて問われている。 欧州では、CSDDDにより内部通報制度と苦情処理メカニズムを保有することが義務づけられている一方、日本では、公益通報者保護法に基づいて対象企業には内部通報制度の導入が義務づけられているものの、苦情処理メカニズムについてはNAPやガイドラインで推奨されているのみだ。 救済をテーマとしたセッションでは、「内部通報制度と苦情処理メカニズムをそれぞれ独立したプロセスとして構築すべきか」の議論が一つの焦点となった。 一部の有識者は、「内部通報制度は従業員によるコンプライアンス違反等の報告を目的として設計されており、苦情処理メカニズムが対象とするサプライチェーン全般の人権リスクを報告しにくい」として、それぞれ別個のプロセスにすべきと主張した。 内部通報制度の適用範囲を広げるだけでは、特に脆弱な立場の人々(移民労働者や地域住民など)に、従業員と同等の保護を保証するのは困難であり、「意味のある」苦情処理メカニズムとしては不十分になりやすいという趣旨だ。 一方、「さまざまな規制対応に追われている中で、十分な知見もなく、各企業が独自の苦情処理メカニズムと内部通報を独立して構築するのは現実的ではない。仕組みを簡素化できないか」という企業側の声もあった。 ■ ドイツ政府がメキシコで進める支援 このような問題意識を受けて、国家、企業、地域などセクターを超えた連携を促す「救済のエコシステム」を構築する必要性が指摘された。 先行事例として、ドイツ政府によるメキシコでの取り組みが紹介された。ドイツでは、メキシコにある自国の自動車企業のサプライチェーンを対象に、その従業員や地域住民が利用できる企業横断的な苦情処理メカニズムを構築している。 これは、ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法やCSDDDで推奨されている「業界横断的なダイアログ(対話)」の一環として始まった活動であるが、企業に加え、市民社会や国家も開発・運営に関与する新たな試みとして期待されている。 また、日本における取り組み事例としては、JaCER(ビジネスと人権対話救済機構)の対話救済プラットフォームが紹介された。非司法的な苦情処理プラットフォームとして、独立した立場から対応の正当性と公平性を担保している点が特徴であり、国内でも加盟企業が増えていることが語られた。 今後、日本でも「救済へのアクセス」をさらに強化していくには、業界やセクターを超えてさまざまなステークホルダーが協働していくことが必須となるだろう。